田んぼの食いしん坊 (ホラー/★★★)
お疲れ、こーちゃん。
どうだ、泊まり込みで田んぼの種籾選びから、苗床づくり、種籾撒きまで通してやってみた感想は? なかなかしんどかっただろ。
質の良い種籾の選び方は、明治時代に開発されて、その方法を伝統的に使っているんだそうだ。文字通りの飯のタネだ。疎かにはできないさ。
この土地はもう何百年も昔から水田として使っている。水が土壌の温度を保ち、草をいたずらに生長させないから、土の疲労も少ない。おかげで穀倉地帯として、名を馳せることができているんだな。
こんなに広い田んぼじゃ、鳥の被害も大きいんじゃないか?
もっともなご忠告だな。ありがとよ、こーちゃん。
だが、この田んぼ。数百年前から、カカシを始めとする防鳥道具が役に立ったことはない。
ああ、言い方が悪かったな。被害が大きいというわけじゃない。逆だ。
少なすぎるんだよ。田んぼの面積に対して。
飯を食いながら、その話をしようか。
いくつかの田んぼの真ん中に、大きな木が植わっているのを、見たかい? もう幹が見えないくらいに、全身を緑で固めた大樹を。
大抵の人は思うだろう。
樹など、鳥にとっては格好の身の隠し場所。そんなところの近くにある田んぼなど食い荒らされるぞ、と。
種籾は去年の稲刈りで選び抜かれた、米の中の精鋭たち。カモやスズメといった連中には、極上のごちそうと言えるだろうな。
鳥害との戦いもまた、農業の戦いの一つだろう。そう考えると、ここいらの農業は本当の意味での農業とは言いづらいかもしれん。むろん、手は抜いていないがね。
大樹は、うちの田んぼにとっては、むしろ守り神。
何しろ、鳥たちにとっての「バミューダ海域」、いや陸地だから「バミューダ地域」かな。
昔から鳥たちの姿が、忽然と消える事件が起こり続けていた。
その詳細はこんな感じだ。
あの大樹は、ここに田んぼができるずっと以前から、存在していた。
先ほどもいった、鳥の被害が出かねない条件だったのに、あえて開墾したのも、江戸時代の新田開発の影響だな。
人口が増え、道具や技術の質も上がった。作付面積の拡大は、必須事項だったんだ。
中には、なりふり構わず耕したこともあったんじゃないか。ここも、当初はそのような思惑の被害者だったのかもしれない。
だが、開墾から数年が立ち、この田んぼの持ち主は、ある異常な現象を目の当たりにすることになる。
ちょうど、今みたいな種籾をまいた時のことだ。
どこからともなく、スズメたちが湧き出し、作業をしていた農民たちの頭上を舞い始めたんだ。作業が終わった端から地面に降り立ち、無防備なごちそうをついばもうとする。
農民たちは種籾をまく者。鳥を追う者で分担し、小さな略奪者を散らしていったんだ。
しかし、羽根を持つ略奪者を捕まえるのは、難しい。
地べたを這い回る人間をあざけるように、奴らは次々に空へと飛び立った。
そして、鳥たちが大樹の上空まで行った時。
消えた。
場面が切り替わったみたいに、パッと。
その場にいた誰もが目を疑った。自分たちの足元には、鳥たちの羽や、飛び立つ時に残していったフンがある。確かに鳥たちは、ここにいたのに。
キツネに化かされたかのような出来事。だが、その日以降、同じことがたびたび起こったんだ。
鳥は俺たち人間が想像している以上に、賢い生き物。仲間が何度も行方不明になることを聞き、この田んぼを危険地帯と判断したらしい。
当時の記録を読み解くと、時が経つにつれて鳥による被害が減っていくのが分かる。まったくゼロではないけどな。危険を信じない若者が、確かなごちそうを求めて飛び込んでくるんだろう。
鳥の消失事件。この正体が分かったのは、最近になってからの話だ。
監視カメラの登場。そして、再生速度の操作。
スポーツの判定などに使われるこの機能が、かの事件の真相を知るべく、用意されたんだ。
怪しいのは大樹なんだが、物々しさを鳥たちに気取られると、満足な結果を得られないかも知れない。準備はさりげなく行われて、数個のカメラがセットされた。
それから数日。新世代の、無鉄砲なスズメたちが、種籾を漁りにやってきた。手はず通り、大樹の近辺を通って逃げていくように、誘導する。
そして――鳥たちが消えた。
そのビデオはすぐに解析に回されたんだ。
最初は通常通りの録画。その眼で見た通りの光景が映されている。
何が起こっているのか。スロー再生を開始した。
再生速度が徐々に落とされ、一同が食い入るように、画面に見入った。
最初に気づいたのが、大樹の葉たちが震える、ということだ。鳥が消えると、さほど間を置かず、生い茂った緑が揺れる。
なぜ揺れるのか。更に再生スピードを遅くする。
すると、緑の間から、何かが鳥たちに向かって飛び出し、彼らを捕まえて、また戻っていく。その挙動が素早すぎて、消えているように見えたんだ。
捕まえているのは何なのか。もう全員、画面から目を離せなかった。
再生速度は、もはや止まっているのではないか、という速度だ。人間の歩みなど、しゃくとり虫にも劣るくらいだった。
そして、一同はその眼に焼き付ける。
大樹から飛び出し、鳥たちを捕まえていたもの。
それは他でもない、大樹の枝たちだった。
数えきれない多くの枝たちが、モズのはやにえのように、鳥たちの胴体を正確に貫き、悲鳴すら挙げさせる暇を与えず、内部へと取り込む。
動かないものだと思っているからこそ、俺たちは動いたことに気づかないのかもな。




