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リコーダー奮闘記

 つぶらやくんは、学生時代のリコーダーをどこにやったかとか、覚えているかい?

 ああ、いや別に使う使わないの話じゃない。学生時代の思い出を、どれだけ保存しているかって思ってね。

 我々、思い出を振り返るときって、印象的なものばかりのダイジェストだろう? 逆に印象薄いものは、引っ張り出したり出されたりして、刺激を受けてからようやく思い出すことも多い。

 私も最近、実家に戻ったときに私物を整理しようと、押し入れをひっくり返したらリコーダーが出てきたんだよ。ちょっと懐かしくなって、取り出してみると色がほんのりと桃色だったんだ。


 ……まあ、これだけ聞くと、経年の影響だかで変色したのかとも思うよねえ。その微妙な表情になる気持ち、わかる。

 けれどかのリコーダーの色は、学生時代のころにあった、ちょっとばかし不可解なできごとに起因していてね。今回はその話を持ってきたってわけだ。

 耳に入れてみないかい?


 私たちの間でリコーダーといえば、傘に次ぐ「武器」のひとつだった。

 持ち帰りの際に、私たちはめいめいのリコーダーを剣に見立てて、斬りあうことが日常茶飯事だったんだ。

 傘に比べりゃ、ずっと高級品。本気で斬り結んだりなんぞした日には、どのような損害が出るか分からないことは、当時の私たちだって理解している。それでも、得物を手にするちゃんばら欲は、ときおり抑えがたい力を持つもの。

 私の名剣ならぬ名笛も、手に入れて以来、幾度も修羅場をくぐってきた。たいていは寸止めするよう気を付けるが、なにぶん素人技術。笛袋越しとはいえ、相手の笛と接触することだって、一度や二度や三度や四度……まあ、経験値というやつだ。

 これらの激闘を繰り広げた日は、家に帰ってから申し訳ばかりに様子を確かめる。これまた素人だから、笛の表面にひびなどが入っていないか程度しか見ない、見れない。

 その場をしのげりゃオッケーだった子供の私にとっては、それで十分、この日も異状なしと判断し、しばし眠ってもらうことにしたのだが。


 問題は翌日。音楽の時間。

 袋から取り出したリコーダーの、口をつけるあたりがほんのり桃色に染まっていたのさ。

 口紅なぞつけるガラじゃないし、まさか私ごときのリコーダーをペロペロするやつなどいまい。そもそも、そのような事態を避けるために、翌日に授業があろうがリコーダーを持ち帰るよう心掛けている側面もあるのだ。まあ、大きい理由はちゃんばらに変わりないが。

 考えられるとしたら、唇の乾燥およびそこからの出血。さっとティッシュで拭ってみるも、唇にケガらしいところはなく、リコーダーの桃色も簡単にとれた。

 これなら問題あるまいと、先生の合図に従い、まわりのみんなとともに息を吹き込んだのだが。


 出ない。音が。

 息を吹き込んで、すぐに悟ったよ。リコーダーをおさえる指の腹に、いつも感じる空気の震えが感じられなかったんだ。そして、皆の音色にいくぶんごまかされているが、私自身の笛がこそりともその音へ協力できていないことがね。

 突然、音が出るようになったとき、へんてこなものを出したら白い目で見られるだろう。いつも通りの指運びをしつつも、息の吹き込みも忘れない。

 結局、一曲まるまる音を出せないまま終わる。ついているのかいないのか、みんなと同じく軽くリコーダーをケアしてからしまおうとしたが、音楽の先生に名指しで呼び止められたよ。「授業が終わった後、少し残るように」とね。

 タイミングがタイミング。音を出していないのを気取られたと思ったよ。さすがに先生の目と耳はごまかせないか、と。


 授業が終わり、みんながばらばらと散っていく教室でひとり、先生の立つグランドピアノわきに並ぶ私。

 このあとは給食の時間で、移動教室の手間などを考えずに済むのは幸いだ。とはいえ、この育ち盛りの体は、一刻も早い食事を望んでおり、さっさと終わらせたいのが本音。

「もう一度、演奏してみ?」といわれる私。ただし、その真ん前には姿見が置かれたうえで、先生がそのやや斜め後ろに立って、指揮をする。

 フォームに問題があるのか? と私は指示されるがまま、リコーダーを口にくわえた。

 やはり、笛は沈黙を守り続ける。

 渾身の力をもって吹き込む息は、どのような音も奏でない。いや、むしろ先ほどよりも悪く、ところどころで何かにぶつかり、せき止められるかのような苦しさも覚えたんだ。


 が、それ以上に。

 姿見に映されることで、私も異状に気がつけたよ。

 先の桃色の汚れらしきもの。それが、演奏が続いて私に息を吹き込まれていくたび、リコーダー全体を、じわじわ色づかせているのを。

 接続部などは白さゆえに目立ちやすかった。ホールのある部分はこげ茶色になっていて視認しづらいが、確かに桃色の気配がにじんできていたんだ。


「やっぱり……」


 一曲を指揮し終わったタイミングで、先生は私に新たな指示を出します。

 つば抜きをしろ、と。ただし、これをつけて、と。

 先生の渡してくれたのは箏爪によく似たもの。これをつば抜きボタンにあてがえば、先端が中へもぐりこむことになるだろう。

 ひとまず、言われたとおりにする私。遠慮なく、すべての息を込めろと先生がいうものだから、顔が真っ赤になるくらい吐き出したよ。


 それから数秒。

 私も先生も動かない中、コツン、コツンと音を立てるのはリコーダーの真下の床だった。

 こぼれたつばによるものじゃない。糸鋸の刃を思わせる、細い細い金属の刃が数本、次々と落ちていったんだ。

 上下も針のようにとがったそれは、重力に従ったわずかな時間のみで、床へ突き刺さってしまうほど。先生いわく、もしこの状態のまま音を出そうとしていたら、中に詰まった刃が逆流し、さらに口を傷つけ、穴を開けていたかも、と聞かされたなあ。


「ちゃんばら、していたんだろ?」


 私が白状するより前に、先生が先手を打った。


「そうやって、剣みたいな扱いをするから、お利口な子はそれに合わせようとする。君のリコーダーは格別頭がよかったんだ。体を真っ赤にするほど頑張ってひねり出したのだろう。

 遊ぶなとはいわないが、彼には本来の仕事をまっとうさせたほうがいいだろうな」

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