雑草魂
つぶらやくんは、草むしりをするのは好きかい?
書類整理などと並ぶ単純作業の有名枠といえよう。最初のうちはいいが、遅かれ早かれ作業に退屈してしまうケースも多い。
中には延々と続けられる人もいるが、それはなぜだろうか? 考えてみたことはあるかい? 自分にもわからないと答える人もいるが、一部の人は「常に成長を考えている」と話していた。
ひっくるめての表現だから、字面から想像するほど大仰なものじゃない。草むしりでいえば一本抜くたび、その成果を確認して、次はどのようにしたらもっとうまく引っこ抜けるかを考える。
位置、力、姿勢の調整……細かい分析をしなくても、「なんとなく」でコントロールを繰り返し、よりよい成果を探っていく。その積み重ねが楽しいのだと。
ある意味、コンピュータ―相手よりも関心が持てるかもしれないな。
元よりコンピュータ―は計算機。「1」と打ったら「1」と出る正確さが求められ、そこに遊びは入らない。いや、入ってもらっては困る。
それに多くの用途を注ぎ込んだのならば、本来の計算機ゆえの正確さがかえって邪魔になることだってあるだろう。結果の見えた遊びは茶番となり、飽きと惰性を呼び込むもの。
その点、草むしりに至っては雑草とひとくくりにされながら、一本一本が違う特徴を持ったものたちのふれあい、むしりあい。正解は無数にあり、それを全身全霊で手繰り寄せようというのだから、ことによると万や億でも足りない……。
――ん? 草むしりなのだから、「むしりあい」など起きないワンサイドゲームじゃないのか?
ふふん、つぶらやくんらしからぬ、夢のないお言葉だ。
たまたま「勝ち」が続いているだけ。いつ「負け」を引くかなども天運なんだよ。
だから人は揺り戻しという言い回しで、バランスを期待し、熱望し、そして安心したがる。勝ったからには、負けてもらわねば怖いんだ。その負けが、自分の許す範囲である限り。
ひとつ、僕が父から聞いた「むしり」の話、耳に入れてみないかい?
草むしりを例にあげたけれど、もっと身近なむしりがある。
さかむけ、あるいはささくれなどといおうか。指の端などにできる、皮のはがれた部分。
多くの人が、一度は経験したことがあるんじゃないだろうか。「さかむけができるのは、親不孝の証」と僕は聞かされて育った。家の手伝いを子供にさせる方便だったのかもしれないが、実際のところは手伝ったほうができやすいだろうな。
手伝いはすなわじ身体への負荷。それを不十分なコンディションな指先などへ課せば、耐えられない皮たちが音をあげるのは当たり前。いや、さかむけができないようなやり方を身に着けるのも、工夫というやつなのかな。
父はこのさかむけがよくできる体質だった。
5本の指と爪のまわり、皮の剥けていない日は数えるほどしかなかったという。かならずどこかが張り付いているべき身体に反抗し、めくりあがって突き立った。捨て置かれているものなどは水分を失い、槍を思わせる硬さを誇るものさえある。
それらが、父には気にくわなかった。若さゆえの潔癖さというか、自分が他人から見て汚れたり、劣っている面があったりするとそれを隠すか、なくすでもしない限り安心できない。
父にとっては、そのひとつがさかむけでもあった、というわけだ。
父なりのさかむけへの引導の渡し方は、剥けた箇所に対し、真反対の180度からつかんで、一気に抜く。
立っているものなら上から、寝ころんでいるものなら横や斜めから。
これがうまくいくと、あと腐れなくぷっつりとれる。遅れて、多少は血がにじむこともあるかもだが、それを拭えば白昼堂々、人前にさらしても恥じることない姿の指をおむかえすることができる。父基準では、だ。
これが下手を打つと、余計なところまで剥けることになるから大変だ。皮の深いところに通じて、それがめくれ上がってしまうときの痛さといったら、もう飛び上がってしまいそうなほど。あとはどのように動かしても、ずきずきとうずく痛みがモチベーションをどんどんと奪っていく。
こうなると、はさみなどを用いて皮のできるだけ根元をちょん切るくらいしかできないが、きれいな切り取りはほぼ期待できない。それすなわち、父にとっての敗北だ。
――負けるのならば、挑む価値がない。勝つなら、どこまでも徹底的に。圧倒する勝利だけが欲しい……!
屈辱にまみれるたび、父はそう思っていたのだけど、それはどうせ勝てる相手だからと心の中でおごっていた証だったのかもしれない。
それが父の喫した、完全なる敗北のときにつながったのかもしれなかった。
このときのこと、父は詳細に話してはくれなかった。というのも、あっという間のできごとに、父本人も十分に理解しきれたという自信がないのだとか。
そのかさぶたは非常にやわらかく、挑む前の父からしたら、これまで処理し続けてきた雑兵たちと大差ないと、たかをくくっていたらしい。
それがいざ力をこめると、どうだ。父の手は皮そのものを数センチ引きずったのち、それをちぎって虚空へ旅立ったが、剥ける皮そのものは止まらない。
シャツの袖へ皮がめくりあがりながら飛び込んだかと思うと、顔の中心へ痛みが走ったんだ。
鏡でみて、父は愕然とする。
自分の顔の真ん中、鼻の中央を通って真一文字に皮が裂けていて、血をにじませているのだから。服を脱ぐと指から腕、肩、首まで通って一気に皮が裂けていたんだよ。
その父がむしったあとから、途切れることなくたどり、父の頭のてっぺんの皮まで剥いて、飛んでいったのさ。何日も傷が残る、父にとっての完全敗北だったとか。
いかに心の底では取るに足らない相手と思っても、足をすくわれる恐れはゼロじゃない。
父の戒めになったそうだよ。




