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夢への言葉

 はっはっは、眠そうだねえ、つぶらやくん。

 こうも急に暑くなっちゃあ、寝苦しいしね。それにくわえて、日々感じている心身のさまざまな負担。安らかな休みをなかなか許してくれないだろう。

 実際、寝不足になると、眠気以外になにが襲ってくるか。私の経験上、記憶の混濁が起こりやすい。しばしば現実と妄想の判別がつかなくなる……と、ぱっと聞いて「そんなばかな」と思いそうなことも、あながち間違いじゃないように思えてくるな。

 ふとしたときに頭をよぎる、その場とは全然関係ない知識、記憶、光景などなど。本来、これらは寝ているときに夢を見ながら、頭の中で整理することなのだろう。それが、眠りが足りていないと、覚醒半分で整理作業を行おうとしてしまう。

 まさに意味不明な寝言が突拍子もなく飛び出すから、まわりの人からしたら「どうかしたのか?」と突っ込みたくもなるだろう。言っている本人としても、自分が妙な感覚だと思いながら口走るのをやめられないことが、ほとんどだ。

 その夢うつつな言葉、ときには珍しいケースを呼び寄せてしまうことがあるかもね。

 私の以前に体験したことなのだけど、聞いてみないかい?


 当時、社会人になったばかりで早くも社会の荒波にさらされていた私にとって、「明日が来ちゃう病」は、深刻化の一途をたどっていた。

 眠らなくては体が持たない。でも眠ってしまったら明日が来てしまう。

 いずれにしても、時間が経てば朝になるだろなんて、科学的なツッコミは野暮というもの。メンタルの問題だ。

 寝るということは、自分の意識としてはほぼ時間経過を飛ばすことである。まだ8時間ある猶予が、それを確かめるゆとりも与えられないままに、気付くと朝……なんてことになるんだ。

 惜しいし、怖い。自分の自由にできる時間、覚悟を決める時間をむざむざ奪われに行くなんて。ピリオドを打ちたくなんかないのだ。


 そう、うだうだしている間に前後不覚に陥って、どうにか朝を迎えてしまって。午前中はなんとか耐えられる。

 しかし、昼休みになって弛緩した空気が漂い出すと、たちまち眠気が襲い掛かってきてしまうもの。本当ならこのまま爆睡したいところだが、休み時間中でも少しは仕事の山を崩しておいたほうがいいんじゃないか……。

 デスクに突っ伏しかけながら、外へランチに出ていく同僚を見送りつつも、早くも意識は夢半分。そのとき頭に浮かんだフレーズは「はにほんとう、とおらかす」というものだったらしい。

 いま振り返っても、このフレーズにどれほどの意味があったか友達には分からないらしい。でも、これをいわなきゃいけないという衝動に駆られて、ついつぶやいてしまったんだ。


「はにほんとう、とおらかす」


 とたん、デスクの端に載せていた書類たちの一部が、ざざっと雪崩を起こした。

 ついていた肘のバランスを崩されたこともあって、眠気も一気に飛んでいく。さいわい、床に書類は落ちていなかったものの、となりのデスクの衝立に何まいもの書類が寄りかかるような格好に。

 それだけならまだいいのだけど、ふとそれらのペラ紙たちの右隅には、先ほどまでなかった黒ずみができていたんだ。

 ほこりかと思ったけれど、拭ってもとれる様子がない。かといって、この色をもたらしそうな飲み物といえばコーヒーくらいだが、先ほどまで飲んでいた自分のカップは空になっている。

 提出する書類などではなく、午前中の会議のレジュメであったことは幸いだが、もっと汚れにききそうなものを探して席を立ち、戻ってきた時にはもう、その汚れたちはきれいさっぱりなくなってしまったらしいんだ。


 睡眠不足の件もあり、寝ぼけて見間違えたかなと思う友達。

 休みが終わって終業までは、実際に眠気との勝負となった。はっきり、眠りかけることはなくとも、すっと手を止めた拍子についつい動きが止まりがちになってしまう。

 瞬間睡眠の法、とでもいえばいいのか。動作を落ち着けたとたんに、たちまち夢を見ているかのように、妙な光景や言葉が頭の中をよぎっていく。すでに幾度か経験していることで、おそらく本来は夜の夢の中で見るべきものなのだろう、と友達は思っていた。

 しかし、いつもはバリエーションに富んで、先も読めないはずのそれらが、この日はひたすら一色だ。


「はにほんとう、とおらかす」


 そうつぶやかずにはいられない光景が、何度も静止した脳内空間に展開されたとか。

 何を見たのかは、当の友達さえはっきり覚えていない。でも、もし何かの拍子で再現されたなら、自分だけでなくお前もみんなも、そうつぶやかずにはいられないものだ、と力説されたよ。


 そうなっては集中力も定まらず、みんなが去っていく中、社内に最後までとどまってしまう友達。

 あれから何度も耐えられず、例の文句をつぶやいてしまった。そのたび紙は黒く変色し、またふとした拍子に元へ戻る。だが、回数を重ねるたびに黒い部分は増えていき、退社前につぶやいたおりには先の十数枚すべてが真っ黒に見えるほどになってしまったとか。

 そうして翌日。出社してきた友達が例の紙たちを出そうとすると、その紙面から「紙」が失われていた。

 形はそのままゼリー状のものに、文字列のインクがにじんだような格好になっていたらしい。そして触れるや大崩壊。机もまわりもびしゃびしゃになってひどい目に遭ったとか。

 こればかりは見間違いでもなんでもなく、レジュメたちは永遠に失われてしまったそうだよ。

 いったい、なにをあの文句によって招いたのか、友達はいまだ分からずにいるという。

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