ヤダヤダの月曜日
新学期を迎えて、1か月あたりか……お前は5月病に悩まされていないか? つぶらや。
俺はうつうつとして仕方ないね。月曜日がやってくるたび、ブルーになるという大人たちの気持ちも分かる気がする。
これから平日になり、学校が始まり、待ち受けていることがたくさんある。ことによっては新環境で不慣れにもかかわらずだ。そりゃストレスをガンガンにためて、ダウナー状態にもなるだろうさ。
自分で立たなきゃいけないと悟ると、誰かに引っ張ってほしいなあという気持ちになったりもする。いささか受け身かもしれないが、弾みでひょいと立ち上がらせてくれるだけでもだいぶ気が楽になったりするものだ。
まあ、引っ張ってくれるものによって、結果は様々なのだけどな……ひとつ、俺の友達が「引っ張られたとき」の話を聞いてみないか?
友達は小学校時代、休み明けにだるさを感じることが多かったらしい。
体力はまわりの子に劣っているつもりはないし、学校がつまらないとか、不満に思うということもない、という自負があった。それでも土日が明けた月曜日は、どうにも足も頭も気持ちも重くて仕方なかったらしい。
精神論を大事にする家族にしてみれば、強いメンタルを持ての一点張り。幼いころから教えられているとはいえ、ちょっと息苦しさを覚えることもあった。
しかし、実際のところは外に出て、学校の校門をくぐるまでの辛抱なのだという。校門さえくぐってしまえば、重い気持ちも足取りもふっと軽くなり、いつも通りのコンディションで臨むことができたのだとか。
あながち、精神論というのも的外れじゃないんじゃないか? エンジンがかかりさえすれば、流れでどうにかできるのではないか?
知った当初はそう思っていた友達だけど、回数を重ねるうちにやたらとタイミングが同じすぎることに、疑問を抱くようになる。まるで、かっきりとスイッチのオンオフをされたかのようで、気持ちが悪くなってくるんだ。
火曜日から金曜日まででは、このようなことは起こらない。起床してからのけだるさが蔓延している月曜日の朝以外では。よって、調べるのもその時間でなくてはならないだろう。
意を決した友達は、日曜日の夜を早めに眠ると、月曜日にいつもより早めに目覚めた。
布団に縛り付けられているのか、という苦しげな重さを真っ先に味わう友達。
誰も、何も布団の上に乗っているわけでもないのに、胸から足にかけての血管をつぶしにかかるかと思う圧迫感。
それを、もぞもぞとはい出るような動きで抜け出し、なおもだるさを訴える体に鞭を打ちつつ準備を進めた。無理は顔にも出ていたらしく、精神論、精神論な母親が珍しく心配してきたほどだが、もはや意地。
そういう言を受け入れてほしかったら、普段からそれなりの態度を示しなさいよと、頭の中で愚痴りながら、ようやく玄関をくぐった。
その日はどんより曇り空。雨降る予報はなかったものの、足取りはやはり重ったるいもの。服にも靴にも重りが入っているんじゃないかと感じられるほどだった。
どうにか背を曲げずにこらえているものの、うっかり足を止めようものなら、そこでうずくまってしまいそう。普段通りの通学路から外れ、遠回りになろうとも信号につかまらない道を選んで、友達は進んでいった。
かったるさに支配されかけながらも、目的は忘れていない。
なん十キロも先に思えた通学路も、いよいよ終点が見えてくる。学校の校門だ。
これまで通りなら、あそこを越えたとたんにこの辛さともおさらばできる。その「とたん」の正体を見極めんがために、休みを訴えてくる体を奮い立たせているんだ。
いつもより早い時間ゆえか、人の数は多くない。多少、へんてこなアクションをとっても構うまい。
普段なら、足を運ぶまま体ごと一気に通っていく校門。それを友達は今回、ひょいと片足だけを敷地内へ突っ込ませたんだ。はためにケンカキックを繰り出したかっこうだ。敷地に向かって。
重たさを感じる足の一撃は、普通ならそのまま重力にひかれるがまま地面へ降りてしまっただろう。
が、敷地を通ったとたんに軽くなった足は、ふっと何かに下から支えられるような力とともに静止した。
まさに「揚げ足をとられる」というか。しかし、武道などで見られる技ならば、ここからこちらを倒しにかかるはず。けれども、逆に引っ張られたのだと友達は変わる。
――と、と、とっ……!
けんけんする格好で、敷地内部へ引っ張られる。
蹴りこんだ足を中心にして、無理やり引き寄せられそうになる力に、友達はあえて逆らっていく。
敷地へ入り込んだ部分は、これまでの重さが嘘であるかのように引いていき、心地良さが湧いてくる。まさに内と外では天国と地獄の差だ。
だからこそ、友達は「楽」へ心をゆだねない。何がどうして、こうも自分が重荷を感じ、敷地へ入ると取り除かれるのか。見極めないうちは、むざむざ引き込まれるわけにはいかない。
引かれて、引っ張り返してを何度繰り返しただろうか。
股近くまで引っ張りこまれながら、その足を両手でつかみ、入らせまいと奮闘する友達の横。校門を仕切る門柱の片割れが、音を立てながらにわかにひび入り始めたんだ。
当時の友達の身長と同じくらいの高さの門柱が、こちらが中へ入るまいと抵抗していく間にどんどんと傷を広げていく。
ついに尻尾を出し始めたな! と友達は事態の異様さを前にして、むしろ発奮。これまで以上の力でもって、引っ張りこまれた足を外へ連れ出さんと力を込めた。
ほどなく、背中から仰向けに倒れてしまう友達。あの引っ張る力を完全に引きはがしたのとともに、ぼろりと門柱の裏側がひび割れにそって、完璧にはがれたこと。直後に、敷地内へ何かが倒れこむ音を友達は目にする。
体のだるさは、もう感じない。
ぱっと門柱裏を見た友達が見たのは、服こそ着ていない真っ裸だが、自分そっくりの姿をした人形らしきものが寝転がっていること。それが友達の触れるより先に、さっと吹いた風によってたちまち、炭でできていたかのように粉々のチリとなって散っていってしまったことだったとか。
後から来た人が見るのは、不自然に壊れた門柱ばかり。もはや、友達そっくりな姿をして、あっという間に散っていった人形らしきものの存在など、誰も信じてくれはしないだろう。目の錯覚と片付けられるかもしれない。
けれども、友達の姿をしたそれは確かに門柱の中で作られようとしていた。門を通り抜ける友達のカタチを読み取るようなかっこうで。
友達の身体も、それが月曜日にのみ起こられることを学んでいたからこそ、本能的にそれを嫌がり、だるさとして頭へ訴えかけていたのかもしれない。




