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真っ赤なウソ

 なぜ、人間の目は2つなのだろう? みんなは疑問に思ったことはないかい?

 ずっと遠い生き物の先祖は、目が1つだったという。それが長い時間を経て、生存には2つが最適と感じ取るようになり、いまの形になったのだそうだ。

 虫の世界などだと3つ以上の目を持つ生き物も、珍しくはない。それは彼らにとって、その目の数が種の存続に適したものだと、しみついたからだろう。

 こうやって身体の器官が定まったのも、生きている世界に対する最適化のあかし。もし、単眼のままがいい。あるいは3つ以上の目があったほうがいい、という環境に置かれていたならば、人間の目の数は変わっていたかもしれない。

 その環境に置かれていたなら必然。しかしその環境に置かれるかどうかは偶然。不思議な組み合わせ、めぐり合わせによって命は形を整えるものだねえ。

 その2つの目ゆえに助かるというケース。いま現在でもまれにあるかもしれない。

 ひとつ、先生の昔の話なんだが聞いてみないか?


 当時、子供だった先生はウソを見抜くことが得意だった。

 ウソをつくときにする動作って個人差があるかもだが、似通った傾向があるのは、みんなもうすうす察しているだろう。

 目線をそらす、どこか落ち着かない、にわかに黙り込む、話をよそへ持っていこうとする……いずれも「バレたらまずいよなあ。どうしようかなあ」と頭をフル回転させている証左だ。

 ただ知っていることを素直に話すより、ごまかす時のほうが人間、神経を使うものだ。どこか落ち度がないか、高速で意識を巡らせながら口を回している。

 技術だけで見れば、とても高等なことだ。子供のウソはおおむね感心されないが、頭ごなしに蔑むものでもないと思っている。自分なりの損得勘定を考えられるようになり、それを通すための知恵が身についてきたということだからね。

 まあ、それのどこまでが許される範囲であり、許されない範囲なのか、教えてあげるのも大人の役目のひとつといえよう。勘違いした子供が図体ばかりでかくなり、悲劇を招いてはかわいそうだからね。


 話を戻そう。

 先生がウソを見抜くことのできる理由は、人の頭が赤く見えるためだった。

 正確にいうと、先生の左目がその相手の赤みをとらえることができたんだ。右目と見える景色が違うというのは、結構疲れるものでね。人と話す時には、目の疲れからウインクするようなカッコになって、いぶかしがられることもあったさ。

 頭、といってもおでこまわりより上の部分が赤みを帯びて見えるの、最初はなんでだろうなと思っていた。けれども、それがいくつも目にしているうちにウソをついているものだと悟った時にはショックだったねえ。

 誰一人、頭を赤くしておいてウソを吐かずにいた人はいない。私に対してのもの、ほかの誰かに対してのもの。どれもハズレはしなかった。

 そのぶん、これだけウソを吐く人が、機会があるのかと子供ながらにすさまじく嫌気が差したわけだ。いっそのこと、このような眼がなければ気楽に過ごせるのに……とも感じるようになっていたころ。

 あのときが、訪れたんだ。


「おはよう。起きたのね」


 真っ赤だ。

 起き出した私は、最初に目にする母親の頭が赤いことを見て取った。

 頭の赤は、ウソを発しているときだけ見えて、それが終われば元通りの頭の色に戻る。

 それがあいさつはおろか、朝ごはんを食べているときの会話中でさえも、引くことはない。


 ――はあ? どんだけ、今日のおかんはウソつきなんだよ?


 口に出すのは喧嘩のもとだ。

 機嫌の悪さが五感も鈍らせているのか、いまひとつ味の薄い朝ごはんをかきこみ、さっさと家を出てしまったよ。


 が、ここに来てまたも私は「赤み」にさらされる。

 道行く人、そのことごとくが頭を赤くしたまま、先を急いでいるんだ。

 これにはさすがの私も、首を傾げたよ。いや、話をしている人同士で頭が真っ赤ということは何度も見たから、それだけなら驚くに値しない。

 問題はひとりでもくもく歩いている人さえも、頭が真っ赤ということだ。

 ウソを頭の中でひねり出しているときは、このようなことを見たこともあったけれど、いざ学校へ向かうおりに、出会う人々すべてがこのありさまとか、絶対におかしい。


 そうして学校近くのバス停まできたとき。


「おーい、こっちにこんかあ?」


 背後の遠くより、私を呼ぶ声がした。というのも、その声が私のよく知る人物の声だったんだ。

 祖父のもの。そういえば、午前中はいつも散歩に出かけていたっけと振り返った私は、今度こそ目を見張った。

 道路の向こう側で手を振る祖父は、真っ赤だったんだ。

 頭どころじゃない。その全身が赤いペンキで塗りたくられている。分かるのは手を振る輪郭だけで服装も顔立ちも、まったく理解できない。

 これまでにない事態にたじろぐ私だが、かえって頭が冷静になる。

 頭部が赤く見えるのは、おそらくウソをいおうとしている頭がフル回転しているから。

 ということは真っ赤に見える祖父は身体全身でウソを表そうとしているのか? いや、待てよ、そもそも祖父は……。


 そう考え着くと同時に、私は病院の集中治療室で目が覚める。

 学校に着く直前のバス停前で、歩道へ突っ込んできた車に轢かれた私は、今まで昏睡状態に陥っていたらしいのさ。

 つまり、あのときから見た皆の赤さぶりが目立ったのは、私の見ていたものがウソだからだろう。おはようのあいさつも、話す声の何もかもが。

 けれども、すでに数ヵ月前に亡くなっていた祖父が全身真っ赤だったのにかかわらず、他の面々の身体は赤くなってはいなかった。

 彼らの存在は、ウソではない。確かに昏睡中の私の中にいて、ごまかしにかかっていた輩なのではないか?


 このときを境に、赤く見える視界を失った私にはもはや知りようもないことだけどね。

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