主従の混乱
はあ~、ようやくこたつをしまう気になりましたよ。
このあたり、まさか5月あたりまで寒々しい日がやってくるなんて……年々、季節感がおかしくなってますよ、もう。
しかし、ここからは夏物の出番と相成りそうですね。そうでなくても、年がら年中お世話になっている、冷えと保存の立役者がいますけれど。
そう、冷蔵庫ですね! 彼らもまた、一年を通じて出番に困らない家電のひとつでしょう。
これなくしては、私たちの食材たちの消費回転速度は早くなっちゃいますね。傷みというのは、瞬く間にものから価値を奪い去っちゃいますから。
それらを長くとっておき、間が空いても扱えるように保つ……けっこうな大仕事だと思いません? いわば、そのものたちの命を抱きかかえて守っているんですから。
彼らにとっては、大樹にも似た寄る辺。普段であれば私たちに願われるまま、出されたり、しまわれたり、消費されていく彼らですが、必ずしも私たちに従ってくれるとは限らないかもしれませんね。
私が友達から聞いた話なのですが、耳に入れてみませんか?
友達が実家に暮らしていた時分に、冷蔵庫を取り替えたときがありました。
旧来のものに比べると段がひとつ多く重なった大型のもの。当時の友達が背伸びして、手を思い切り伸ばして、ようやく最上段に届くくらいだったらしいですね。
で、問題なのがアイスなどを入れる冷凍庫が、その最上段に配置されてしまったこと。
素の状態ではアイスを出すことも、入れることもひと苦労。椅子を使わなくては、満足に扱えないほどの高さになってしまったのです。
なんだ、それくらい……と思うかもしれませんが、思い立ったときに「ひょい」と望みのことができないって、なかなかストレスですよ。
些細な一度や二度ならともかく、度重なるとおっくうさが勝ってくるものです。
それがたまたま極限に達してしまった、ある夏の夜のことです。
友達はお風呂上がりのアイスを食べようと、冷蔵庫のもとへ向かいました。
椅子を引き寄せるべきなのでしょうが、先にも話したような面倒くささが勝っていた上に、最近この台所の椅子の一脚が壊れてしまっていたのも、友達の椅子不要論を後押ししてきます。
ものを壊せば追及される。これまでどのような過程をたどっていようと、とどめを刺した本人こそがしかられる対象となってしまう。そのようなこと、猛烈にあほらしい。
そうして友達は背を伸ばし、冷凍庫の戸を開けにかかります。
今回は棒を刺したスティックアイスを入れています。戸を開ければ、寝かせた袋の先っちょがのぞきますが、そこまで指を届かせられるかが問題。
背伸びをして、手を伸ばすと指がちろちろと袋にかろうじてかかる。そこからうまいこと、手前へ誘導していくのがポイント。これまで何度か行い、うまくいった経験がありました。
今回も同じようにしていけば……と思いつつも、やはり心のうちの面倒くささの影響からか。かすった指先が思っていたよりも袋を引きずり出してしまい、アイス全体がぐらりと傾いて、こちらへ落ちてくる気配を見せます。
――これは、顔面直撃コース……!
友達は直感します。このとき、とっても時間の動きが遅く感じられたとか。
かわせば事なきを得ますが、床へ叩きつけられたアイスはおじゃんになりかねません。かといって伸びきった腕を引き戻し、ガードするにはゆとりが足りません。
結局、友達は本能のまま身をかわしてしまいました。ほんのわずかとはいえ、体が痛い思いをするかもと考えたら、反射的なうごきだったとか。
しかし、アイスは思ったような動きをとってはくれませんでした。
身をかわした友達が、ほんの一瞬前までいた、台所の床。そこへ落ちるはずのアイスが、半紙一枚ほどの間をおいて、ぴたりと止まってしまったのだとか。
目を見張る友達の前で、今度は重力に逆らう形でぴんと飛び跳ねたアイスの袋が、みるみるうちに冷凍庫の中へ出戻り。中へおさまるや、ばたんと冷凍庫のドアもひとりでに閉じてしまい、そこには友達が開けるより前のたたずまいがあるばかり。
けれども、友達は見ている。アイスが飛び跳ねたときにその包装に、白い糸のようなものが何本もくっついていて、アイスを引き上げたのを。それはまるで釣りをする姿のように思われたのだとか。
友達はあらためて、冷凍庫をあけます。
先ほどまでの面倒くさがりはなりをひそめ、今度は椅子を素直に使いました。
ゆとりをもって開けられた、今回の冷凍庫の戸。その奥には、確かに先ほど落ちかけ、引っ張り上げられたアイスの袋が見えました。
友達はおそるおそる、それへ手を伸ばします。
つかむところまでは、問題なくいけました。けれども、引っ張り出そうとするとそれなりに抵抗を覚えます。
長くしまってあったのなら、中の氷に張り付くことなどもありましょう。しかし、アイスは先ほど外へ出て、ここへ引っ込んだばかり。あの糸のようなものの存在が頭をよぎります。
普段なら、ここで気味悪さを感じて退いていただろうとは話していました。
でも、このときの友達は好奇心のほうが勝ってしまったようで。頑固な姿勢を示すアイスを無理に引っ張って、冷凍庫の外へ出してしまったそうです。
そのとたん。冷蔵庫全体がドロリと溶け始めてしまったとか。目に見えて背が縮んでしまい、あわててアイスを中へ戻した友達ですが、「溶け」こそ止まっても状態は戻りません。
まるで飴細工のような表情を見せることになった冷蔵庫は、アイスを取られたその瞬間で一気に弱ってしまったかのようだったとか。
結局、かの冷蔵庫はほどなく買い換えられることになったようですが、友達はあのアイスこそ冷蔵庫の主であり、臓器になっていたのかも……と考えているみたいですね。




