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くれないいちご

 なにをもって、「秋」と定義するか。いざ、考えてみるとどうだろうか。

 おおよそ9月~11月がシーズン的にはそうだとされるけれど、状態的なものではどうだろう?

 そのあとに控える冬は、夏の実りに比べれば不毛な時期になりがちだ。そこへ向かうとなると、様々なものが下り坂を歩みだす気配がする。

 絶頂を越え、傷みへ向かっていく時期……それを迎えるのをよしとしない人も多いだろう。衰えていく自分を素直に受け入れるには、そうとうにできた性格でなければね。

 そして、そいつは人間以外の作物たちにとっても同じ。熟れすぎて傷みに走り出しては思った以上の被害が出てしまうかもしれない。そうなる前の対処が求められるケースもあるんだ。

 ちょっと前に、父から聞いた話なんだけどね。耳に入れてみないかい?


 父が祖父母から教わったことのひとつに「くれないいちご」の話がある。

 くれないといえば、いわずと知れた赤の色。いま現在「赤色」といったら緋色のイメージが強いだろう。こいつはアカネからとったものだ。それに対し、くれないはベニバナからとる色であり、江戸時代前までならば赤色というと、こちらの色を指したという。

 口頭で説明すると難しいが、くれないは今の「赤色」に比べると色が暗く、紫に近い色合いだろう。暗い色というのは黒に近づくわけで、そいつは自然界における傷みを伝える意味合いも強い。

 赤と黒のコントラストが与える、危険度のファーストインプレッションはかなり高いんじゃあないか? そのくれないいちごも、ちょっと目を向けたのならば、すぐにそれと分かる代物だったのだそうだ。


 いちごというと農園で管理されたり、自然の中で息づいていたりと様々に考えられるが、くれないいちごは人通りの多い街中で見かけることがしばしばある。

 アスファルトのふちなどの、わずかに土が見えている部分があれば、そこへ目ざとく実をつけていくんだ。

 普通のいちごか、くれないいちごかは外見の色以外でも判断がつくところがある。

 したたり、だ。

 くれないいちごは、その黒みがかった赤色で常にぬらぬらと濡れており、その身の真下の地面を赤黒く濡らしていく。それが他のいちごと彼らをはっきり分ける境目なのだとか。


 もし、くれないいちごを見つけたのならば、すぐにもいでしまい回収するのが望ましい。

 この際、じかに手で触れるのは望ましくないようで、そうとう心身が頑健なものでない限り、急性貧血に酷似した症状を起こしてしまう。

 最低でも軍手レベルの装備はしたほうがよく、大人たちはもちろん、子供たちも手袋のたぐいは常に持ち歩いていたのだとか。

 そして回収したくれないいちごをどうするかというと、近くに配置されているくずかごに捨てていく。

 どのくずかごに捨てていいわけでもない。ちゃんとくれないいちご用の籠が用意されている。先に話したような、黒と赤のコントラストによって織りなされる、籠の中。それが地域の各所に置かれていて、いちごを入れられるようになっている。

 いちごが中へたっぷりと溜まっている様子を見ることは、めったにない。大人たちがこまめに回収をしているからだ。


 ――回収されたくれないいちごは、どうするのかって?


 うん。それらも処理する場所が決まっているんだよ。


 真実の口。

 君も知っているだろう、イタリアのローマにある有名な彫刻だ。神様の顔をかたどったとされるその口に、よこしまな心を持つ者が手を入れると抜けなくなったり、噛みちぎられたりするという伝説が伝わっている。

 日本にもデザインを模したレプリカがいくつもあるが、父の地元にも用意されていた。くずかごほど多くはないけれども、これもまた各所に、コンパクトなものがね。

 その口の中へ、くれないいちごは注がれていく。たいていは夜中にやっているようで、父たちも滅多にその現場を見たことはないのだけど、一度だけ。学校の帰りがけだった夕刻に、目にする機会があったのだそうだ。


 父が通りかかったとき、二人掛かりで端を持たざるを得ないような、大きいゴミ袋にくれないいちごたちが入っていた。それが真実の口へ、次々と注ぎ込まれていったんだ。

 くれないいちごは、すでにほとんど形を保っていないものが大半。赤黒い液体の姿でどっと口の中へ殺到していく。

 作業している清掃業らしきツナギを着ている二人は、そうとう手慣れているのだろう。ややもすれば口からいちごの液体がこぼれてしまいそうなものだが、一滴たりともはみ出ることはない。

 そのまま袋の中にあった、何リットルぶんかの液体がからっぽになり、二人はそばの父を見やることなく、そそくさとその場を後にしようとしたのだが。


 その音が、最初なにか父には分からなかった。けれども、数秒してよく聞いたものだと分かったんだ。

 げっぷだ。とはいっても、父の身体から発しているものではない。

 あの真実の口からだった。それは長い長いげっぷであったが、やがてその口からかすかに赤いものが吐き出される。

 それはまさしく、くれないいちごを思わせる色合いだったが……なにかおかしい。

 軽い気体なら上へあがり、重い気体なら下へ下がっていきそうなもの。

 しかし、真実の口から吐き出される「それ」はただただ、真っすぐに伸びていく。伸びながら濃くなることも、薄くなることもなく、あのくれないいちごのガスをはき続け、その面積はどんどん広がっていく。


 あのツナギの人たちも、気づいている。

 一方が口をおさえにかかり、もう一方は畳んだぞうきんをポケットから取り出す。そして例の赤いガスの部分へ重ねていったんだ。

 するとどうだ。ガスたちは、まるでそれが壁に書かれているかのように、ぞうきんを重ねられるたびにその色を落とし、元の世界の色を戻していくんだ。

 ぞうきんが真っ赤に染まるころには、げっぷはすでにおさまっている。ほんの数秒ほどの作業でやはり彼らは父を見やることもせずその場を去っていったらしいが、父は今でもその光景をはっきり覚えているのだそうだ。

 もし、あのまま口から出るガスを放っておいたら、このへん一帯、あるいはもっと広い範囲が「まっかっか」になっていたんじゃないか……とも。

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