氷肌
出番……というのは、我々の身近にある名誉でもあり貧乏くじでもある。そう思わないかい?
誰かを選ぶということは、誰かを選ばないことだ、とはしばしば耳にする。数ある中から選ばれるというのは、それだけおおごと。個人的な承認欲求を満たすいい機会といえるだろう。
自分の得意分野であれば、腕のなるところだけどねえ。処罰だったり、明らかにこちらの立場が悪くなったりするようなものだと分かっていると、まず気が乗らないねえ。
そのいずれの結果もわからないような場合は、いっそのこと出番などこなければいいのに……などと思ってしまうこともある。
出番が来なければいいもの。生き物ではないものの中で、その最たる例といったら「保険」じゃないかと思う。
保険は積み立てこそすれ、その出番がこなければ最良というもの。けれど、積み立てる人の心はそうとばかりは限らず、せっかく積んだものなのだから出番があってほしいと望むことすらする。
もし、これに費やさなければ、できたであろうことへの思いが募るのだろうかね。それが何をもたらすのかはっきりしないとなれば、なおさらだろう。
ゆえに保険の発揮されるとき、というのは規模が大きいと語り継がれることも多いのかもしれない。
私が最近に聞いた、保険についての話。耳に入れてみないかい?
むかしむかし。
とあるところに、「氷肌」と呼ばれる凍てついた壁面を有する山があったという。
雨や雪が降り、その水が山肌にへばりついたまま凍る、という現象はちょっと寒いところ、標高のあるところならば、珍しくないかもしれない。
しかし、その氷肌はかの山のふもとにあり、一年を通してもぬくい気温が保たれがちな環境。その中にあって氷肌の氷はいささかも溶けることなく、そこへあり続ける。
氷越しに見る肌の様子は洞穴のごとき格好。三角形の空洞が氷越しに奥へと続いていくのだが、表面の氷は非常に硬くて取り除くことがかなわず、内部の様子はこの氷を通した外から、のぞける限りでしか分からない。
そのうえ、この氷肌に関して手入れを行わなくてはならないと、昔から伝わっていたようなのさ。
氷肌に対し、村にある5つの井戸のうちのいずれかから汲み上げた地下水。その水の中へこの地でとれた穀物によるおかゆを交え、とろみをつける。
分量は厳密に決まっており、水とおかゆのいずれもそれらに過不足があってはならない。そうして作られた特製のおかゆを氷肌のもとへ持っていき、あまさず塗りつけていくのだとか。
各家で分担し、用意して塗り付けねばならないほど、氷肌は広い。はしご、脚立のたぐいを用いての大作業となる。10日に一度ほどのことだったと伝わるが、新しいことへ興味を示しがちな若い衆にとっては、疑問の残る風習に思えたそうだ。
年寄りたちに尋ねると、この中には「備え」が眠っているとされているらしい。
備えとは、形の整っていないものとされ、自分たちを守ってくれるとのことだが、誰がどのように持ってきたのか、それとも自然に生じたものなのかはよく分かっていないのだという。
自分たちが生まれるより前から存在するが、目に見えず、ろくに接したことがない存在。
そのようなものを大切にし続けようというのは、ほぼ盲目的とも称されそうな信仰心がなくては難しい。
とある世代において、くだんのおかゆを用意する風習が絶えてしまったのだという。
こう、振り返るとおおごとに聞こえるかもだが、一日さぼりが二日になり、三日になり……という継続の難しさ、さぼりのしやすさを考えれば、まさに蟻の一穴。
たいしたきっかけではなかったのだろうと、私は思うよ。そうして一回、二回と先延ばしにしていくうちに、氷肌にわずかずつだが変化が見られるようになってきた。
少しずつ、洞穴に栓をしているかのごとき氷自体が減っていくんだ。
当初は割れ目の外へ張り出さんばかりだったのに、肌が少しずつ洞穴の中へ引っ込んでいっている。氷肌のもとへ赴く人たちによって、そのことがしらされたんだ。
火であぶっても、鈍器で叩いてもびくともしなかった氷肌が、ひとりでに引っ込んでいく。かといって、溶けたにしては地面に濡れた気配などはない。
いったい、何が起きているのか……と、氷肌の状態をいぶかしがる人が増えていく中で。
ふと、昼間の空が黄金色に輝いたと、当時を生き抜いた人は語る。
同時に、その黄金色の空気のもとでは、ひと吸いしただけで目、鼻、喉の奥が焼けてしまい、まともに動くことができなくなってしまうほどだった。
家の中、地面の中、井戸の中……いずれへ逃げ込んでも、黄金色と不調は追いかけてきたという。ただ違うのが、例の氷肌の張っていた近辺だ。
黄金色の出現とともに、氷肌はいっぺんにその身を自ら溶かしていったとは、居合わせた人の談。すると、洞穴がみるみる奥深くまで入り込めるようになるとともに、黄金色の空気がそれの広がる前と変わらない、昼間の空気へ変わっていったのだとか。
その場にいた者が深くまで入っていったところ、長い細道の先には村人全員が入ることができるほどの大空洞があって、清涼な空気とあふれんばかりの水が湧いている巨大な泉が存在していたという。
黄金色の空気そのものは半日ほどで止んだが、この空洞へ逃げ込めなかったものはその場で命を落とすか、生き延びても長くはなかったのだとか。
その後、皆がこの洞穴から抜け出し、家へいったん帰った間に氷肌はまたも洞穴の中を埋め尽くし、元通りにたたずんでいたという。
いまや、その氷肌がどこにあったかも分かっていない、ずっと昔の話だよ。




