世界との窓
窓の役割というと、君がぱっと思い浮かぶことはなんだろう?
――うん、大きなところじゃ2点かな。
ひとつは、明かりを室内へ取り込むこと。
夜目のほとんどきかない人間にとって、明かりのない室内の暗さはかなり厄介だ。試してみると、だいたいの人がまわりの状況をろくに認識できず壁にぶつかったり、足元のものを蹴っ飛ばしたりするところだ。
もうひとつは、換気を行うこと。
高温多湿と称される日本の夏において、湿気は大敵。じめっとした空気を適度に入れ替えてやらねばならない。そのぶん、冬などは大いに風を通しすぎて暖をとる必要性が増す家屋もあるわけだが。
外との接触。
古来、生きる上で基本的なものでありながら、いざとなればそれを抜きにした生活もできなくもないくらい、人間は生活基盤を整えてきた。
しかし、人の身体も循環と新陳代謝を繰り返しているように、ずっとそのままでいることはかなわない。外に触れることで、僕たちもまた先へ進むことができているのだろうかね。
ちょっと前、久々に会った友達から奇妙な話を聞いたんだけど、耳に入れてみないかい?
それは、友達が学生だった時分のこと。
学期終わりごとにある、全校生徒傘下の大掃除の時間。友達は校舎階段下の倉庫の清掃を担当していたそうだ。
運動会の道具をはじめ、一年の一時期にしか出番のない備品たちがこぞって積まれるそこは、この掃除の機会以外はまともに開かれていないのか。土のにおいをふんだんにたたえたその場所は、運動場の放つ臭いを何倍も強くしたもののように思えたとか。
大玉や、「台風の目」の種目で使う長い棒などをよけ、ほうきによる掃き掃除を続けていく友達。めったに入り込まない倉庫の奥の奥までいったものの、そこにピンと張られたカーテンを見て「ん?」と思ったという。
間仕切りに使うとしては、やけに「ぴっちり」している。
ただレールを配して生地を広げるのみならず、下部も横も、きっちりとガムテープで止められていたのだとか。わずかなはためきすら許さないとばかりに。
それならば、いっそのこと材木などで完全に壁を設けてしまえば早いんじゃないか……と友達は思うも、ふとカーテンの向こうから息遣いが聞こえるのをかすかにとらえたらしい。
より耳を澄ませてみると、それは激しい運動の終わりに、どうにか息を整えようとしているものの、それをどうにか押し殺そうと必死にセーブをかけているように思われたのだそうだ。
まるで追手から、必死に身を隠そうとしているスパイなりなんなり……といった、身分のものを思い浮かべたらしい。
「……おい」
少し迷ったものの、友達は声をかけてみることにしたそうだ。
先ほどまで、自分はこのあたりを掃除していた。当然、この布越しにもさんざん音が聞こえてきたはずだ。すでにこちらの存在には感づいているはずだ。
沈黙。先ほどのかすかな息遣いさえも、殺しきっている。
おかしくはない。もし、自分がカーテン越しにいるやつだったら、いまからでも無人を装うだろうなと、友達は思う。
言葉が通じる手合いだといいが……と、友達はそっとカーテン越しにつぶやく。
「確認したいことがある。はい・イエスなら1回。いいえ・ノーなら2回、どこかしらを叩いて音を出せ。こちらに危害をくわえる意思はない。もう一度いうが、確認だ」
本かドラマで見たような覚えがある、質問方法のマネだ。言葉が通じないやつなら、ここで意図が分からないまま打ち切りだろう。
ややあって、トンとひとつだけ叩く音。どうやら理解はできるらしい、と友達は理解しながら考える。
この手の質問、はいかいいえで答えられるクローズドなものでなくてはならず、うっかり5W1Hに代表される、オープンなものを使ってはいけない。
「お前、この学校の生徒?」
とん、とんと2つ。
「ここにいて、長いのか?」
とん、と1つ。
「外には出たいのか?」
とん、と1つ。
「このカーテン? がなきゃ簡単だと思うが、外してもいいか?」
とん、とんと2つ。
だろうな、とは友達も思う。了承できるなら、とっくに外しているだろうし。
「先生に話せば便宜をはかってくれるかもだが、伝えていいか?」
とん、とんと2つ。
「なら、俺がこの場でどっかしら連れ出すってのはどうだ?」
とん、とんと2つ。
我ながら相手も見ずに軽はずみな提案だったが、断ってくれて、どこかほっとしたような残念だったような。
「俺、掃除の時間がもう終わるから、もう戻るけど……」
セリフを食い気味に、とん、とんと2つ。
――戻ってほしくないのかよ。さみしがりやか、こいつ?
ある意味、カーテン越しで助かったというか。
引き止めるのが美少女とかならいいが、もし名状しがたく正気を失いかねない容姿なら、こうも落ち着いてはいられないだろうからだ。
「お前、ほんとにここを出たいんか?」
とん、と1つ。
「なら、俺が手を貸そうか?」
とん、と1つ。
「じゃあ、どうすればいい?」
と聞いて、あ、しまったと思う友達。
ついつい、はいといいえで答えられない質問を投げてしまった。反応できるか、こいつ? と思いかけたところで。
ぱっと、先ほどまで右手にあったカーテンが、一瞬で左手に移動した。
部屋の中の暗さもわずかに増し、自分の目の前にあった玉や棒たちがなくなっている。
目をぱちくりさせるも、すぐにカーテンへ飛びつく。力を込めるとべりべりとテープがはがれていき、先ほどの箇所へ立つことができたんだ。
これで友達は、カーテンではなく自分が瞬時にカーテンの外から内へ移動したのだと悟ったらしい。
そして教室へ戻るまでの間、出会う生徒や先生に「お前、勝手に学校を出ていかなかったか」と、次々疑問を投げかけられる形に。
どうやらカーテンの向こうの「ヤツ」は外へ行くために、友達の姿を借りたかったらしい、と友達は語る。
これから先、自分のそっくりさんが変なことをしないよう願うばかりだとか。




