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吹く風寒し (ヒューマンドラマ/★★)

 つぶらやくん、充電器持ってない? 

 ありがと、助かったわ。

 最近さ、寒い日が続いているせいか、充電切れるの早いと思わない? 気のせいかしら。

 寒いと分子運動が鈍るせい?

 うわ〜、文系頭のあたしにその手の話は無理よ。

 物書きは大変ねえ、色々勉強しないといけないでしょう。専門知識とか。

 俺は専門書を書きたいんじゃない、小説を書きたいんだ?

 難しいポリシーねえ。

 ま、私も専門知識満載の小説はギブしちゃうわね。置いてけぼりを食らい過ぎて。

 有無を言わせぬ面白さがあればいいのだけど、難しいわね。つぶらやくんもそれで頭を悩ませてるんでしょ? 

 書く苦しみを共有できないけど、死なない程度にね。ちゃんと元気も補充しないと。


 元気と電気。

 どちらもためこむことはできるけど、なくなっていくものよね。何もしなくても。

 蓄えるだけでなく、蓄えたものを何に使うか。いつの世でも探究されてきたことね。

 充電終わるまで動けないし、つぶらやくんが好きそうな話をしましょうか。


 私たちになじみ深い電池といったら、乾電池かしらね。

 おもちゃやリモコン、コンロにだって使われる、エネルギー社会の立役者の一人と考えて差し支えはないでしょう。

 使い慣れたものだと、もうすぐ切れてしまう電池の気配を感じるわよね。

 反応が鈍くなったり、輝きがくすみ始めたり。息もかすかに喘いでいるってところかしら。

 あら、つぶらやくんの影響かしらね、こんな表現。

 そうなると電池はお役御免となるのだけど、内にはくすぶるものがあるのかしら。

 聞いたことがあるでしょう? 電池をまとめて保管していたら、プラス極とマイナス極がつながって火事になってしまったという事故。

 だから、セロテープとかでもいいから、確実に絶縁しないと危ないわ。やけぼっくいに火がついても厄介でしょ。

 男と女の関係みたいにね。うふふ。

 これは元気と電池。両方に関わる話よ。


 とある山のくぼ地に、小さい村があったわ。

 時代から取り残されたような場所で、畑がまだたくさんあった。

 その田舎にある学校。冬のある日に、一人の先生がやってきたわ。

 まだ三十歳前後だというのに、すごく額が禿げ上がっていてね。角度によっては光って見えたみたい。

 それで授業が終わると、生徒にアンケートを配るのね。

 そして、こんなことを生徒に言いおくの。


「みんな、これは褒める練習を兼ねているんだ! できる限り、先生を褒めちぎってくれ! 褒められると先生は、そのエネルギーを充電して、もっと頑張っちゃうぞ!」


 笑えて来ない? もっと褒めて褒めてのアピールよ。

 つぶらやくんはどう? 素直だなあ、と思う? それとも、大人のくせに情けない、と思う?

 生徒たちもね、最初は面白い先生だ、と思ってたくさん褒め言葉を書いたわ。そして先生も、教室や職員室を問わず、みんなからのお褒めのアンケートを何度も眺めて、ニコニコ笑っていたそうよ。

 その性格と禿げ上がって光を放つおでこから、先生のあだ名は「電池先生」となったわ。


 一カ月がたつ頃。先生の褒めて褒めてアピールは続いていたわ。

 さすがに同じことが一カ月も続くとね、みんな飽きてくるの。

 先生への褒め言葉は「楽しかった」「面白かった」とか、まるで幼稚園児が書いたような、単純な感想。

 おざなりで、月並みな言葉に変わっていったわ。

 明らかに先生のボルテージも下がってきていた。「心なき」言葉から、みんなの意欲のなさが見えてきたのだもの。

 そこで先生も、実験を中心にした授業、ゲーム感覚で取り組める授業、様々な体験学習を行う授業など、色々なバリエーションを構築して、みんなを楽しませようと努力した。

「電池先生」の輝きは、ついたり消えたりと目まぐるしかったわ。


 そして、時が訪れた。

 いつも行っている、アンケートの時間。

 一人の生徒が、先生を中傷したわ。容姿、性格、授業、その他いろいろなものを、徹底的にあげつらい、こきおろしたわ。

 それは、生徒の本当の声だったのかもしれないし、ほんの少し「魔」がさしてしまったのかもしれない。だけど、明らかなアンチ先生のメッセージが生まれたわ。

 普段なら、アンケートが回収されると、号令がかかり、それから先生はアンケートを読む。書いた子も先生が読むまでの間で、退散する腹積もりだったのでしょうね。

 だけど、その日。先生は号令をかける前に、たまたまアンケートをめくり始めてしまったわ。そして、例のアンケートを見つけたらしく、大きく目を見開いた。


「だめだよ、こんなことじゃ!」


 そう叫んで、先生はアンケートを巻き散らして、教室を飛び出していったわ。

 階段を駆け上がる音。「電池先生」のファンの生徒は、あわててその後を追いかけた。

 先生は屋上にいた。生徒たちが着いた時には、すでにへりを越えて、虚空に身を乗り出していたそうよ。


「春よ、来るな!」


 言葉とともに、先生は身を投げた。

 数瞬後の、地鳴り。

 霜柱のあふれる、固い地面に穴が穿たれたわ。

 けれど、その穴をいくら掘り返しても、「電池先生」の姿は見つからなかったそうよ。


 その日から、村には冷たい雪が降り注いだわ。

 絶え間なく、ずっと。

 雪下ろしなどというものじゃすまない。人々が夜を徹して雪かきをし、ようやく生活ができるかという、ひどさ。

 暖を取るのも一苦労で、町は徐々に凍えていったわ。


 そして、人々に疲れが満ち満ちたころ。

 大規模な雪崩が起こった。山を滑り降りた雪たちは、村のすべてを、己の身体の下に閉じ込めてしまったそうよ。



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