雲の子
晴れたと思いきや、曇り空になり雨が降り……天気はほんと、気まぐれだとつくづく思うよ。
気象制御は夢のある科学技術のひとつだけど、あくまで地下や屋内で再現するくらいがいいと思っているよ。個人的にはね。
地球そのものを覆うレベルの大気、それに連動する事象をコントロールするっていうのは、人類にはおこがましいというか。それこそ別の星くらいの立場があって、ふさわしくなるような気がするんだよ。
海の操作の一部といえる潮の満ち干だって、月の引力が関係しているという話だ。釣りあうにはそれくらいの地力がなくてはいけないんじゃないだろうか。
100%を自分の思うままにするのではなく、相手が影響を与えてくるものを利用し、自分にとっての100%利益に近づける。
昔から、うまい利用法を考え続けてきた人類だ。その工夫、アップデートされたり新たに開発されたりして、実践されているかもしれない。
僕の祖父との間にあった昔話なんだけど、聞いてみないか?
今日みたいに雨がちらつきそうな曇天がかいま見えると、祖父はいつも小さなビンを片手に外へ出てくる。
家の縁側へ置かれるそのビンは、もともとドロップや金平糖が入っていたような、手のひらに乗るくらいの小さいサイズのもの。コルクの栓をあけ、開封されたビンを自分の脇へ置き、しばし空を眺めに入るんだ。
日向ぼっこというには、もっと適した環境を選びそうな気がする。いったいなにをやっているのだろう、と祖父へ質問してみると「雲の子」を集めているのだという。
「くもの子を散らす、といったら生き物のほうの蜘蛛が使われるがの。こちらは空に浮かぶ雲の子供じゃよ。
ああして雲が空を満たすときはな。子供を産み落とすことがある。そいつを受け止めてやるんじゃな」
すでに雲の正体について、学校の理科の授業で習っていた私だ。
雲の子とは、つまり雨のことだろうとあたりをつけた。祖父は雨粒を貯めようとしているのだろうと。
しかし、祖父には首を横に振られてしまう。
そして、続けた。このまま見ていればじきに分かるだろうと。
このあと、なにか用事があるわけでもない。私は祖父の許しをもらって、ビンとは反対側の縁側へ腰かけ、祖父にならって空を眺めてみる。
いつもの灰色じみたかげりに、煙突から湧き出したばかりを想像させる真っ黒いものが、布切れのように空を左から右へかぶさりながら、流れていった。
これまでにも、似たような景色を見たことがある。けれどもいつもと違うのは、その黒が通り過ぎていったあとに、ことんとビンが揺れる気配がしたことだ。
見ると、ビンの中が白く曇っている。
祖父も私も、息をかけたりした覚えはない。そうこうしているうちに、ビンはまたもことんとひとりでに動き、中の曇りがなお濃いものになっていく。
最初は真っ白であったそれへ、やがて黒い色合いが入ってくると、祖父はきゅっとビンの栓を締めた。「見ろ」といわんばかりに、私へずいっと差し出してくる。
閉じ込められたビンの中で白いけむりが時計回りに、黒いけむりが反時計回りに、たがいにかち合いながら中へ溶け込んでいき、ひとつの色へ変わっていくんだ。
白と黒。合わせれば灰色。
空に浮かんでいた雲と大差ない色合いとなったビンの中身は、祖父が振りまぜることでなおその色彩を濃いものへ変えていく。
これが雲の子なの? という問いに祖父はうなずく。
いったい何に使うのか? と当然のように続けようとした私の質問を、祖父は手で制してきた。
「口で言うより、見た方が早いだろう。都合のいいことに、すぐに出番がくる」
祖父は、今度は縁側の先にある家の庭を指さした。
続いて私も目を向けて、はてな? と思ったよ。
庭がどんどん、暗くなっていく。
曇り空の下とはいえ、先ほどまではきちんと色が見えていたし、太陽の動きで影がそれに伴ったにしては早すぎる。
いったい何が……と見つめている間に、庭はすっぽりと黒く染め上げられてしまい、夜と大差ない姿に。それはまるでぽっかりと開いた黒き大穴のように思えて……。
「出番だ」
祖父の声とともに、フタを開けられたビンがその黒の中へ放り込まれる。
ビンが畑の中へすっぽり隠れてしまうと、中からたちまちあのグレー色の煙がこぼれだしたんだ。
元は手で握りこめる大きさのものとは、とうてい思えないほどの量の煙が湧き出すと、たちまち畑の黒を塗り潰していく。
1分ほどそこにとどまっていたかと思うと、煙はじょじょに薄れていき、色を取り戻した畑の真ん中には、あのビンのみが残されていたんだ。
縁側から腰をあげてビンを回収する祖父だったけれど、私は口をあんぐり開いたまま。
見間違いでなければ、あの黒い穴のようになった畑のそこかしこから、逆さになった人の手足がいくつも湧き出すような、シルエットが見えたように思えたからだ。
「墓地はそこかしこにあるが、亡くなったものはそこかしこにいる。それをこうして迷って出ないようにするに、雲の子はいるんじゃよ」
祖父はこう話していたっけ。




