冬少年
はあ、ようやく3月に突入か。
気温も上がってきて、急激に春の気配がしてくるってところかな。
いや、そもそもすでに20度越えのところもそこかしこで報告されて、もはや夏へ移行しようとしているのか。冬に入る時にもささやかれたけれど、そのうち春とか秋とかが認識されないときがやってくるのかなあ。この日本で。
過ぎ去っていく冬の気配を感じると、渡り鳥たちもまた動き出す。
彼らもまた利口な存在だと思うよ。自分が過ごすに適した場所を感じ取り、移動していくのだから。そこには相応の準備もいる。
中には面倒くさがって、そのまま死んじゃう個体とかもいるのかな。死んじゃったら僕たちの目に映らないわけで、一部のお利口さんたちが渡り鳥のすべてであると、勘違いしてしまうこともあるかもね。
僕たち人間もまた同じだ。
よくも悪くも派手で、成果を見せたものばかりが歴史に残り、後世の史家たちも研究が進まないうちは、やれ素晴らしい、やれ愚かだと簡単に断じてくれるだろうな。
飛沫のごとき消えていく一般人でも、ことによればレアケースに出会っているかもしれない。それを示さんがために、綿々と不思議な話が語り継がれているのかもしれないな。
この冬、久々に実家へ帰ったときに聞けた話があってね。つぶらやくんも、耳に入れてみないかい?
つぶらやくんは、「冬少年」という存在を知っているだろうか。
雪女、冬将軍などなど、冬に起こりうる擬人化させたような存在や表現は、そこかしこで目にされる。
この冬少年も、またそのうちの一人とされるが、一種の病気とみなすこともあるのだとか。私の地元だとおよそ数十年おきに数人、この冬少年の存在が報告されているとか。
少年、とつくものの、これは法律などの区分に似て、男女の別があるわけじゃない。少ない歳を生きている者、全般に起こるものなのだとか。
先に話したように、ことのはじまりは病気に近い。せきやくしゃみが頻発するという、風邪によく似た症状のために、一般によく知られた自家療法でなんとかしようとしてしまうだろう。
しかし、そこから経過を観察していき、「冬少年」の兆候が見られると注意が必要となる。
最も顕著かつ隠しておきたい兆候におねしょがある。
起きた際に、またぐらを中心として寝間着と下のシーツがおおいに濡れている、というものだ。
素直にこれを報告したり、屈辱に泣いたりして家族へしらしめることができる年齢ならまだいい。
だが思春期を迎えたあたりの男女にとっては、恥と弱み以外の何物でもないだろう。このような目に遭わないよう、寝る前にそれとなく気にかけ、いざやってしまったなら人知れず隠滅にかかるはずだ。
そうやって、面目のためにひた隠しにしてくれるからこそ、現象はそこに生き残りの道を見出し、抜け目なく入り込めるのだろうな。
先ほどおねしょといったが、あくまで表面上はそう見えるから、便宜上の呼び名だ。
もしもすぐ隠滅にかからず、観察に徹することをしたならば「冬少年」のきざしを読み取ることができる。
日光にさらし、一時間ほど経つとその「おねしょ」は乾くどころか、逆にシーツの繊維たちが凍り付くほどの冷たさを発するようになっていく。放っておけば、それらの繊維を断ってなお、よそを凍り付かせ続けようとするだろう。
その「冬少年」のきざしを見ることができたならば、身体を安静にし、横になりながら水を飲んでいくのがよしとされる。
便秘への対処法に似ているが、こちらの場合は常温から徐々に、飲んでいく水の温度を上げていくことが望まれるんだ。
――ん? 石田三成の逸話の真似でもしているのか?
ああ、確かに飲む順番的には合致しているな。
けれども、喉が渇いている人を思いやり、お茶を用意していったあちらとは少し事情が異なる。
これは、冬少年に冒されたものを救う大事な手順なんだ。
冬少年となってしまった身体は、その内側が真冬のように冷たくなっている。
そこを一足飛びに暖かくするという、あたかも季節を一足飛びにしてしまうようなものは、かえって体を壊してしまうんだ。
過去に報告されたものだと、冬少年に熱い湯を飲ませたところ、ほどなく下痢に見舞われてしまったらしい。
のみならず、肛門から出てきたのは大便以外の腸もまた流れ出てきてしまったのだとか。ぐずぐずに溶けた状態でもってね。
冷たい食器に突然、熱湯をかけるなどすると強度が一気に落ちてしまうのと似て、冷えきった臓器は熱湯によって、一挙に崩れ去ってしまうんだ。
かといって、そのままにしておけば高確率で死に至る。冬少年に「なりきって」亡くなった人の身体のうちは、氷が張っているのだとか。
筋肉や臓器に霜がおり、カチカチに凍り付いている。それがほんの少し前まで生きて、動いていた人のものと同じとは思えないほどね。
それを防ぐために、段階的な温度の水を時間をかけて飲み、溶かしていくことで冬少年の対策とするのだとか。
この怪現象、いまだ解明はされていない。
冬の終わりごろに発生時期が集中するのだが、原因となる物質などは見つかっていないらしく、過ぎ去る冬がどこかしら留まれる場所を探しているのでは……とセンチメンタルな想像をするばかりだそうな。




