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勝つからバッタ

 よっと……うん、やっぱり虫たちは枝を差し出していると、簡単に拾い上げられるな。

 地面に突き立てられた棒を前にする、彼らの動きは個性があっていい。なんのためらいもなく乗っかっていくものもあれば、躊躇して遠回りする慎重派までいる。

 一寸の虫にも五分の魂じゃないけれど、やはり個体ごとの個性が見られるというのは、不思議なものだ。

 大胆過激な反応やアクションを見せるものがいると、ついそちらへ目を奪われがちだが、地味めな動きを見せる個体も、また真実。目立つものばかりに気を取られていると、本質を見失うこともあるかもしれないな。


 この虫たちの動きも、またしかりだ。

 枝に這う、這わないの動き以外にも、思っていたような行動に出ないとき、彼らはいったい何をしているのか。追ってみたことはあるかい?

 以前、虫たちの妙な動きを目に留めて、不思議な現象に出会ったことがあるんだ。そのときの話、聞いてみないかい?


 当時、私の住んでいたあたりにはバッタが多く居た。

 草むらの中などはもちろん、こういう公園の地面の上でもしばしば見かけたんだ。

 ぴょんぴょん跳ねるイメージが強いバッタだが、歩く姿も君は見たことがあるだろうか。私がそのとき見かけたバッタは、そろそろと歩く個体だったんだ。

 夏の盛りに、遊び疲れて公園のベンチで一息ついていたとき、その足元からひょっこりと緑色のバッタが姿を見せたんだ。


 しかし、跳ねたのは私のまたぐらを越えて、開いたつま先とつま先の間に立つまでのこと。そこからバッタは、そろりそろりと地面を歩き出したんだ。

 あの山なりに突っ張った脚を極力崩さないようにしながら、ゆったりゆったり。ほぼ脚を引きずっているから、かき分けられた土の上に脚のあとが残っていく。

 何をしているのだろう、と純粋に興味をひかれた。ヘタに刺激すると、逃げてごまかされてしまうかもしれない。微動だにしないまま、じっとバッタの歩みを観察し続ける。

 つま先を離れて、すでに1メートル以上は進んでも、バッタはなお前進を継続していた。いまこの公園にいる人間は私だけ。少なくとも何かが横やりを入れてくることはないだろう。


 そう思って顔をあげ、「おや?」と思った。

 私の腰掛けるベンチから見て、向こう側は公園が作られたときに設置されたモニュメントがある。まるで自然からそのまま持ってきたかのような、複雑でゆるやかな曲線で構成された輪郭を持つ岩に、「完成記念」とでかでかと刻まれている。

 そのモニュメントより、こちら側へ1メートルほど。やはり同じようにバッタの姿が見えたんだ。あちらもまた跳ねる様子は見せず、じっくりじっくりと歩く様子を見せる。


 ――これは、なかなか珍しいな。


 遠ざかるとともに、やや顔を上げ気味になる私は両者の進む道を見据える。

 どうもこの二匹、ずっと真っすぐ歩んでいくと、正面からごっちんこしそうな道筋をたどっている。

 果たしてどちらかがいずこかで気づき、道をあけるのか。あるいは意地を張った前進同士で本当にぶつかり合うことになるのか。


 どうやら後者くさいな、と思ったのは両者がそのままもう数十センチというところまで迫ったからだ。

 いずれも逃げない。バッタが、どれほど視界が見えているのかはよく知らなかったが、互いに何も察していないなんてことはないだろう。

 自然の中なら、鈍いヤツはすでに生きていないはず。これほどの距離にあってゆずらないとは、つまりそういうわけと見た。


 ――こっからどうする? カブトムシとかみたいに、頭つきあわせるような相撲でもとるのか? あるいはやはりビビッて逃げ出すのか?


 両者の歩みは、ここへ来てますますのろくなってきている。

 牛歩とはよくいったもので、もはや足一本を動かすのに何十秒、いやひょっとすると分単位はかけている。

 そろり、そろりと、自分の身体がちょっとの衝撃でバラバラになってしまう、藁人形であることを自覚しているかのような、用心ぶりだ。あるいは、自分のケガしたところを刺激しないよう、そこをかばっていくケガ人。

 あいつらの狙いはなんなんだ……と、他人の顔をしていられるのもそれまでの間だった。


 頭を突き合わせるかと思うところまで来た、バッタたちなんだけどね。彼らが息を合わせたかのように、前脚をあげてさ。ロデオするかのようなかっこうでのけぞったように見えたんだ。

 見えた、というのは満足に見届けられたというわけじゃないんだよ。

 彼らのポーズとともに、私は自分の身体がわずかに持ち上がるのを感じた。

 実はそれが、自分の座るベンチが持ち上がったものだと分かった時には、それが前のめりになって、私の身体と一緒に倒れこんできたんだ。

 したたかに顔をぶつけたが、同時に向こう側からも大きいものの倒れた音がする。

 ベンチの下から這い出して見たとき、例のモニュメントがバタンと前向きに倒れていたんだよ。これまで子供たちの幾多ものイタズラに対して、微動だにしないほど固定された、モニュメントがね。

 そして、例のバッタたちはすでに姿を消していたんだ。


 どうやら私&ベンチと、例のモニュメント、あのバッタたちの力比べの道具扱いされたらしい。

 一寸の虫にも五分どころか、割あるいはそれ以上にでかい力が秘められていることもあるのかもな。

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