脇役草
つぶらや先輩は「脇役草」という植物をご存じですか?
――新手のコンパニオンプランツのことか?
お、さすが先輩。字面からぱっとつなげましたか。
コンパニオンプランツ、日本語でいえば共栄植物ですね。一緒に植えることによって、通常よりも生長を促す効果のある植物であると。
代表的なもので、暮らしになじみがあるとなるとネギでしょうか。根に生きる善玉菌には、植物の病害をおさえこむ力がある。それが近くにいるものにも良い影響を与えていくと。
脇役草も、先輩のご推察のとおり、そばに置くことでより効率を増す草のことです。
オフィスなどにも観葉植物が置かれているの、見ますよね? ややもすれば無機質な色に染まりがちな仕事場において、緑色を目に入れることはリラックス効果があり、集中力を高める働きが期待できる。有名な脇役草ですね。
まあ、現実にはスーパーなんちゃらみたいに姿が劇的に変わるわけでも、ステータス画面が出て上昇具合を教えてくれるわけでもありません。
ややこしすぎて「き・ぶ・ん」の三文字に集約、どれほどの効果が出るかは個々人の要素たちとの絡み合いによります。
そして、脇役草は何も人間側が能動的に用意するものばかりとは限りません。
もし、いつもと違う自分を感じることがあれば、そこに脇役草の影アリ……かもってことです。
先輩がネタ募集といっていましたからね。少し昔の話を掘り出してきたんです。聞いてみませんか?
弟の学校に限った話じゃないですが、羽根募金を行っている姿は先輩もよくご存じかと思います。
あれ、想像していたより種類があるんですよねえ。赤は社会福祉、緑は緑化推進、青は海難救助活動、水色は海難遺児修学支援、黄は臓器移植推進なのだとか。
もう5人揃ったら世界救えちゃいそうな、戦隊ものの雰囲気さえありますよ。ブルーとライトブルーがいるあたり、紛らわしいのか狙っているのかわかりませんけど。
そろそろ桃色の羽根募金とか、傷心女性の精神扶養手当みたいなの出ませんかね……なんて。
――男の傷心なめんな? 背中で泣いてる美学募金こそが急務?
うんまあ、深く立ち入ると大惨事大戦なので、男も女も大変ということでひとつ……。脇役草の話に戻しましょうか。
で、これらの羽根募金をすると、たいてい胸へ張り付けるのも見ますよね? 募金しましたよアピールもありますが、弟のまわりだと脇役草を隠す、絶好の隠れ蓑にもなるんです。
先のコンパニオンプランツの例は、育つ上での良い相棒的なニュアンスが強いですが、脇役草は即効性がメイン。
相性の良い草をそばにおいておけば、自分のスペックが引き上げられるというわけですね。あくまで自称ですが、弟はタンポポの黄色い花の部分こそが脇役草だといいます。
これを身に着けていると、不思議と勇気や闘志がわいてきて、頭や身体のはたらきが良くなるのだとか。普段の弟は怖いものを見聞きどころか、想像するのですらダメで、逃げ出したり騒いだりするのが常なんです。
それが黄色い花をつけたタンポポを握ると、不思議なくらい落ち着くんですよねえ。知らずに見たなら、どちらの面が演技なんだ? と疑ってかかると思いますよ。
心臓に近い位置にあればあるほどいいが、普段から花びらを堂々とつけているのは変なヤツに思われる。なので羽根募金があるとその影に花びらをくっつけたうえで、胸にあてるのだと。
――個々人の脇役草はどのように知ればいいのか?
さあ。星の数ほどある人と植物、それがたまたまめぐり合って、効果を認めさえするならいずれも脇役草になり得ますよ。
海とか国とかを越えての組み合わせだったら、生涯出会わないまま終わるかもしれませんね。私自身も、なにが自分にプラスとなる脇役草か分かりませんし。たまたま弟は身近に脇役を抱えられるラッキーボーイだったわけです。
ま、あのときばかりは、アンラッキーボーイとなっちゃいましたが。
あれはたまたま学校帰りに、昇降口で一緒したときですね。
二人して羽根募金の羽根を胸につけてはいますが、まあ姉と弟じゃあ、おててつないで仲良く帰るなんて、せいぜい幼稚園くらいまででしょう。
小学校にあがれば、たとえ顔を合わせようとも、帰りは別々っていうのが多い感じです。家でもさんざん顔合わせるというのに、なにがさびしくて外でも一緒にいなきゃいけないんでしょう?
向こうも同じ考えと見えて、一足先に靴を履くとそそくさと外へ。
私たちの学校は昇降口から校門までが、非常に近い。数メートルも歩けば、そこはもう敷地の外です。背中を見送る私の前で、弟がまさに校門をくぐったとき。
ざっと、タンポポの白い綿毛が舞いました。
その密度、まるで豪雨のごとし。風にさらわれて流れていく、ひとときの幕のようでしたが、それが去った直後に校門を出た弟が膝を折っているんです。
ついた両ひざの先から、血が出ているのがここからも見えました。さすがにすぐ駆けつけましたよ。
「転んだの?」と声をかけたところで、ちょうど目の前の車道を白いワゴン車が通り過ぎていきます。
とたん、弟が叫び声をあげながら、横倒しになりつつ吹き飛びました。
車との距離は何メートルも開いています。ぶつかりようはずがない。なのに衝突音は弟のすぐそばから聞こえてきたんです。
顔や腕、足に至るまで真っ赤になっているその姿は、あたかも直にぶつかられたことを表しているかのよう。いったいなぜ? と私が弟を見やると、赤い羽根が目につきました。
羽根の先端に、昇降口を出るまではなかったタンポポの白い綿毛が張り付いていたのです。よもや、と思って私は羽根へ手を伸ばしました。
わたげをむしり、放り投げたまではよかったですが、私もまた触れた部分の指を赤く汚していましたよ。つかんでから放たれる直前までのわずか数瞬、私は細いカッターでつけられたような、細い切り傷をもらっていたんです。
その後は弟にも私にもこれ以上の変調はなく家へ帰り着きました。時間をおいて検証したんですが、どうも弟が脇役草たる黄色のタンポポの花をつけている状態で、タンポポの白いわたげをつけると、本来味わうべきでないケガとか不運に見舞われるらしいことが分かりました。
以来、弟は脇役草をつけるのを自重しているみたいです。まだそのような草に出会っていないというのは、幸とも不幸ともいえるかもですね。




