表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2865/3154

5秒の痛み

 カウントダウン。

 いい意味でも悪い意味でも、心を動かされるものだ。

 人間、限りが見えていないうちは、多かれ少なかれだらけようとしてしまう本能がある。それを上回るハングリー精神を持ち続けるのは、尋常なものじゃない。

 ときには悔しさ、むなしさ、やるせなさ……ときには憎悪や殺意を糧に臨むこともあるだろう。これらをマイナスな方面で出したら犯罪になりかねないが、プラス方面で出せば悔しさをバネにしただのと美談と受け取ってもらえる率が高い。

 大衆は美談が好きだが、個人レベルでは醜聞のほうが親しみがわきやすい。自分にとってのヒーローが、自分と同じレベルに落ちてしまったことにがっくりする蛙化現象もなくはないが、自分と共通点があるという印象もまさるかもしれないな。


 ま、感情の出力は人それぞれとしてだ。

 いきなり示される期限ほど、心臓に悪いものはないねえ。君は突然に突きつけられた記憶はないかい?

 僕はあるねえ。それも残り5秒のカウントをさ。

 そのときの話、聞いてみないか?



 あれは僕がようやくまともにしゃべることができるようになった年ごろだった。

 僕はまわりの子に比べると、話すのがだいぶ遅くて心配されたらしい。とはいっても、僕自身にはっきりした記憶があるわけじゃないんだけどね。

 で、そのはじめて口をした言葉っていうのが、先の5秒にかかわるもの。


「あそこ、5びょうでおちるよ」


 電柱に取り付けられた街灯を指差し、そういった。

 それが少なくとも親が知る僕のファーストワードだったらしい。そして、その言葉は的中したんだ。

 経年劣化のためだったのか、ぴったり5秒後に街灯は根元がぽっきり折れた。アスファルトに叩きつけられ、細長い懐中電灯を覆っていたガラスはこっぱみじんに割れる。それが街灯の最後だった。


 目の当たりにした親としては、信じがたい光景だったかもしれないね。

 以降も、僕自身の記憶がはっきりするまでに何度か「あと5秒」を当てたことがあったようだ。

 人によってはエスパーのきざしとして、興味を示したかもしれないが、僕の家はその点は自粛派だった。つまり、この特殊な力があることを大勢に知られないようにしろ、という方針さ。

 ヒーローものでも、日常生活で力を隠すのはお約束。余計な面倒がついてまわり、リカバリーがきかない。平穏を望むならベターな考え方だったろう。


 実際、僕のほうはというと、記憶にある限りで他のものの5秒をカウントしたことがない。分からなかったからね。

 先に聞いた、過去の自分の話もまるで他人事のように現実感がない。そして、長い間その手の奇行を行わないことにより、親たちも安心を取り戻していく。

 もっとも、「5秒」に関しての部分だけは僕もどきりとしたけれどね。

 僕の身の回りで起こること、あと5秒で分かるということは感じ取っていたからね。


 あくまで自身に起こることのみの限定だ。

 朝起きるときに声をかけられる瞬間から、夜寝る前の小便がいつ止まるかまで。細かい5秒が感知でき続けたんだよ。

 便利と思うかい? 僕にとっては全然だったよ。

 5秒を感じるとき、胸がずきりと痛むのだけどね。外を歩くだけでも、これを表に出さないようにするのが大変だった。

 5秒後に踏みしめる地面。そこが目に入るだけでも、遠慮なく痛みを発してくるんだ。普通に道を歩いていたならたちまち痛みにさいなまれ、身動き取れなくなっていたかもしれない。

 当時の僕を知っている人なら、僕がいつもそっぽを向いていて態度が悪かった、と語ってくれるかもね。でも、そいつは嫌悪の感があったからじゃない。

 相手の口が5秒後にどのように動き、身体がどのような動作を見せるのか。これが分かると同じような痛みが走るんだ。

 だから5秒後、僕には干渉してこないところ。つまり窓の外とか部屋のあらぬ方向とか見つめていたわけだ。万一、そこで事故が起こるならいち早く察知できて危険を回避できるしね。

 僕自身のマナーや信頼を犠牲に、未来の安全を得ていると考えれば悪くない……なんて、歳をくったいまだと、どんだけこれが痛手だったか身に染みる。


 でも、この5秒で助かった例もなくはないのさ。実に不可解だったけどね。

 その日の学校からの帰り道は、途中で道が大規模な工事をしていた。車が通れなくても、歩行者が通れるように大抵ははかってくれそうなのに、このときはそうならなかった。

 知ってはいても、通ったことはない脇道は家々に挟まれて、自転車同士がすれ違えるかさえも怪しい小道。そこで僕はいつも通り、道の先を見ないよう家々の2階を見やりながら歩いていたのだけど。


 ズキン、とにわかに飛び上がりそうな痛みが襲う。

 見やっていたのは右斜め上の一軒家の二階だ。まさか、ものが飛んできたりするのかと、足を止めて前方のよそをちらりと見るが、痛みは治まらない。

 前のどこを見ても、痛みが止む場所はなかった。ならば、引き返すより道はない。

 僕はきびすを返し、数メートル後退した。そこは道の先以外に痛みを感じる箇所はなかったよ。


 ――痛みを感じさせる正体はなんだったのか?


 ああ、それね。

 あらためて前を振り返った時、何があったと思う?


 なかったんだよ。

 厳密には僕が差し掛かったところより数秒歩けば、そこはT字路であってあとは大きい建物の壁が待つばかり。

 あの家々の並びなど存在していなかったのさ。当然、進める道もね。

 でももし、あの5秒の警告を無視して先へ進んでいたらどうなっていたんだろう……と今でも思っているよ。


 もう成人してから痛みを感じる機会はないが、それがよかったか悪いのかは分からないな。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ