日起き草
雑草と呼ばれる草はない。
学校の恩師から以前に聞いた言葉のひとつだ。
普段、足元にあって無造作に踏みつけている有象無象の草たちも、本来は細かく分類され、すでに人間たちによって名前をつけられているものもあるだろう。
しかし、踏みつぶす側にそれらの区別がつくとは限らない。知のないもの、興味のないものにとって、それらは等しく「雑草」に過ぎないからだ。
いわば優先順位の底辺におかれているものたちなわけ。少なくとも、いまそこでは。
我々、人間もまた同じで輝くときは名が知られても、そうでないときは他の雑兵たちに紛れ込んで気に留められることもない。
照り輝くとき。
輝き続けるのは、それはそれで大変だが、どうせ生まれたならば光を浴びる瞬間が来てほしいもの。それは草たちも同じなのかもね。
僕が昔に体験したことなのだけど、聞いてみないかい?
日起き草と呼ばれる、その草の存在を耳にしたのは小学校時代の友達からだった。
日起き草は、その名の通りに一日の始まりに起き上がる草のこと。それは人間社会で使われる午前0時の日付変更とは異なる、自然のタイミング。つまり夜明けにこそアクションを起こす。
日の出を迎えて山の間なり、建物の上なりから太陽の光が注ぎだすとき、それをはじめて浴びる草たちは特殊な「息」を発するのだと。
その息を十分に受けたものは、不思議な体験をする可能性がある。
宙に浮いたり、そばにいる動物たちの言葉が分かったりと、あたかも魔法や超能力を思わせる力が発現したことがあるとも聞いた。
ただ、いずれもごく短い時間であり、再現性にも乏しいため錯覚とみなされることがほとんどだったとか。
特殊な力と聞いては、興味をひかれるのがサガというもの。
小学校時代は勉強だろうとスポーツだろうとその他だろうと、何か際立ったものがある奴が脚光を浴びやすい。そのぶん、いずれもかなわなかったら埋もれがち。
その特別側にまわれるならと、僕は日起き草の体験ができるだろうスポットを尋ねてみた。
そこへはじめて日光の差すタイミングであれば、いずれでも起きる可能性があるらしいけど、日起き草ははためにはそれこそ「雑草」にまじって見分けがつかない。適当なところで身構えていても空振りの確率が高いんだ。
僕がかの友達から聞いた、日起き草の群生地。そこは自転車を漕いで15分ほどの場所にある、テニスコートを多数そなえたテニスガーデンの裏手。道路をはさんで老人ホームをそなえるフェンス下の茂み部分だったんだ。
計画を実行に移す、土曜日の夜明け少し前。
僕は音を立てないようにこっそり家を出ると、自転車のライトをつけて指定のポイントへ向かった。
あそこは太陽の差してくる東側は、延々と道路が続いていて、陽の光がじかに当たるような高い建物は皆無。自然と、昼間なら青々とした身をさらす山あいから、太陽がこぼれてくることになる。
自転車を近くに停めて、フェンス足元の様子を確かめた。当時の僕の太もも近くを隠すほどに背を伸ばす草たちが並んでいた。もっとも、こいつらの名前は僕の知るところではなかったけれど。
他の植物にまぎれこむ日起き草は、見た目で区別がつくものにあらず。
ただ陽を浴びるそのときに、暖気そのものを表したかのようなだいだい色の光。それが時期によって緑や紅や茶色に彩られた草たちの色を、上書きしていくのだとか。
おそらく山向こうでは、いまかいまかと陽が待機しているのだろう。家を出る時よりも空の青さ、明るさが増してきて家々の輪郭もはっきりと浮かび上がってきた。
指定されたフェンスの端から端まで十数メートル以上はあるだろうか。僕は何度も前を見たり、振り返ったりしながら、日起き草を見逃すまいと集中していったんだ。
ついに、山の間からかすかに差す太陽のあたま。
たちまち、道路のアスファルトの向こうから白と黄色みを帯びた、光の道がこちらへ走ってくる。氷の上をゆくかのようななめらかさで、光はたちまち僕の立つ草むら一帯に届いたんだ。
僕が立っていたのは、草むらの一番東より。フェンスと道路にはさまれた草たちの生える幅は、およそ1メートルにも満たない狭いものでしかない。
周囲に、日起き草の気配を持つものはなかった。さっと振り返り、草たちへ目をこらす。
見つかったものの、間が悪いというか。陽の光を受けて、周囲とは違うだいだい色の光を放つ一角は、僕の背後の最も遠く。フェンスの西端に位置していたんだ。
日起き草の効果は、時間とともにたちまち薄れる。他の草たちを踏みしめ、かきわけながら僕はそのポイントへ急行した。
まさに葉も茎も、一面に別色へ染まりきっていた。
粗雑にペンキをぶちまけても、こうはならないだろう。一切の塗りむらもなく、まるでだいだい色の国から持ってきたように彼らは周囲の色から取り残されても、お構いなしに居座っていたんだ。
日起き草の特殊な力は、その草たちの中へ踏み入ることで体験ができる。
僕はためらいなく、そのど真ん中へ入り込んで……濡れた。
足を入れた僕の目の前に浮かんだのは、本来浮かぶべき草むらとフェンスの姿ではなく、灰と黒色の雲が立ち込める曇天だったんだ。
そこからざっと雨が降ってくるビジョンが走るや、すぐさま消えたものの、僕の全身はなぜかぐっしょりと濡れていたのさ。
もう、日起き草たちは光を放っていない。まわりの草たちと変わりない色に溶け込んで、いかにも人畜無害ですよといわんばかりの、凡庸雑草ぶりを振りまいている。
狐につままれたような心地で帰宅した僕。その日は一日晴れる予報だったのだけど、陽が完全にのぼってからほどなく、雲がどんどん湧いてきて雨模様に。結局、一日中降りしきる雨の下、家の中へ押し込められることになった。
僕が日起き草からもらったのは、ごくごく近い未来を予知する力だったのかもしれない。しかも、じかに体験できてしまうおまけつきのものが、ね。




