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天通の猿塔

 一念、天に通ず。アリの念も天まで通ず。

 なにかと、天に絡めた言葉って多いと思わないかい? 願い事に関しては特にだ。

 願いが尊いのは、それがめったにかなうことがないからだ。当たり前になったものは、すごい勢いでありがたみを失い、日常へ組み込まれて、さも存在するのが自然といった立ち位置へ持っていかれる。

 特別感を維持したいなら、めったに大勢へ知られたり、親しまれたりしないでいたほうがいいかもしれないねえ。

 例外として、天そのものは万人の知るもの、親しまれるものではあるけれど特別感はあまり損なわれない。見えてはいても、決して手が届かないからね。


 手の届かない天。されども積み重ねれば、いつかきっと届くはず。

 そう信じる願いは古今東西で多くあり、僕も最近、天に通じる話をひとつ聞いたんだ。

 よかったら耳に入れてみないかい?


 むかしむかし。

 あるところに「よろず山」という山が存在したという。

 太古に金銀をはじめとしたさまざまな鉱物が発掘され、その種類の多さから、誰かが名付けたものと伝えられていた。

 標高およそ300メートルの低山。そこもしばらく前に鉱物が出なくなって以来、すっかり鉱夫たちの出入りもなくなった。坑道は軒並み閉鎖されてしまい、周囲にある凡百な山たちと大差ない格好で、ときおり木々や動物に用事のある木こりや猟師たちの仕事場となっていたらしいのだけど。


 山の近くに住まう猟師がそれに出会ったのは、よろず山に降雪が見られたときだったという。

 そのときの雪の積もり方は妙だった。

 普通、雪は空気の冷える高所へ積もり、暖かさが増す低所へ向かえば早くに溶けていくはず。

 しかし、その時のよろず山はふもとから中腹までを雪に埋もれさせながら、頂上近辺はそれらがすっかり溶けて、冬どきの土気色をのぞかせていたというんだ。

 中途半端なボウズ頭に見える妙な姿に興味をそそられ、猟師はいつもの猟の身支度をした上で、よろず山へ向かったのだそうな。


 実際、登ってみても妙な感覚に襲われる猟師。

 ふもとのあたりは凍える寒さ。中腹あたりも震えが止まらない。

 それがある程度のぼっていくと、ほのかにポカポカとした暖気が山の上から下ってきて、猟師は自らの頬が火照り始めているのを感じていたんだ。


 ――てっぺんで火でも焚いているのだろうか。


 そう考えるのが、猟師の持つ知識の中では有力。

 されども、これほどの暖気を放っている火であるなら、こうして進む木々の枝たちの間からも、ちらちら姿がのぞきそうなもの。

 それが、雪のなくなるあたりまで来ても、見えない。おそらくは溶けて間もない雪がもたらしただろうぬかるみの上を、猟師はなおも進んでいく。獣を追うすべのひとつとして、水気を含んだ土を踏むにも足音を殺すすべは心得ていた。


 そうして、いよいよ開けた山頂へたどり着こうとする直前。

 猟師は目の前へ広がる景色を確認するや、さっとそばの木立の影へ身を隠した。

 頂上の広場に集まる、獣らしき姿が数十、いや数百ほどはいるように思えたそう。

 その見た目は、サルのものに酷似していたらしいが毛並みの色は種類に富んでいた。

 金、銀、黒に鉛色……。

 それはかつて、このよろず山にて産出した鉱物たちにそっくりな色合いだったとか。彼らは広く円陣を組んでおり、右まわりにバンザイしながら軽く跳ね回りつつ動き続けていた。

 暖気は変わらず、彼らのいる頂上付近から吹き寄せてくる。あのサルらしきものたちの踊りが、これをもたらしているのだろうか。

 猟師はなおも息を殺したまま、ことの詳細を確かめるべく、サルもどきたちの動きを注視し続けていた。


 いったい、何巡ほどしただろうか。

 にわかにサルたちの円陣がぴたりと止まった。猟師が目を凝らすと、彼らはまるであらかじめ図ってあったかのように、動き始める。

 円陣を構成する一部。まずは金のサルたちが円陣の囲う中央へ。たどり着くと、彼らはそろって地面へうつ伏せにへばりついた。

 続くは銀のサル。寝転んだ金のサルの上へ乗っかると、同じようにして背中へ伏せっていく。同じ要領で黒、鉛色のサルたちがあとへ続いていく。

 彼らは途中から、横に広がるのではなく、縦へ縦へと細く長く重なる形を見せていった。


 塔だ、と猟師は思う。

 彼らは自らの身体を使い、塔を作っているのだ。

 すでに塔の細さはサル一体のみのものとなっている。そこへ残ったサルが、先達の身体をうまいことひっつかみ、どんどんとてっぺんの高さを更新し続けていくんだ。

 途中、びゅっと強い横風が吹き、サルたちの塔を大いに揺らした。しかし、彼らはぐらつきながらも、一匹たりとも脱落することなく体勢を立て直したのだとか。

 やがて、本当に最後の一匹が塔へ足をかける。

 すでに塔のてっぺんは、その先端を満足に確かめられないほどの高所へたどり着いている。それをサルがのぼっていき、猟師が首の痛くなるほど見上げていってから、しばしののち。


 土台となっていた金のサルたちが、急に輝き出したんだ。

 長くは続かない。その光たちは、引っ張られるように浮上をはじめ、他のサルたちを包みながら、やがては塔を駆けあがり始めたんだ。

 その光に包まれた後のサルたちは、微動だにしないばかりでなく、それまでの輝きを失って、うっすら灰色に染まっている。

 彼らは完全に石と化していたんだ。その輪郭さえもはっきりしないほど、塗りつぶされた石の表面となっていた。

 やがて光の先が見えなくなっていくと、ポンと大きく手を叩くような音がしたのだとか。


 すると、このよろず山の空に立ち込めていた雲。その頂上まわりだけが円形にどかされていき、青空がのぞいたのだという。

 それは先ほどのサルたちの組んでいた円陣にそっくりな、丸みだったとも。

 よろず山の頂上にそびえるサルたちだった石塔と、その晴れ間は数か月の間、そこに存在し続けて猟師を含めた一部の人々の不思議がるところとなった。

 けれども、やがて石塔はおのずと崩れ去り、晴れ間もまた雲に閉ざされて見えなくなってしまう。

 猟師はあのサルらしきものたちが、あの光とともに身体を石に変え、魂だけが天へ帰ったのだと見ていたそうだよ。塔も晴れ間も、そこへ通じるための道であったのだと。

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