健やかの道
あ、つぶらやくん、立ち入り禁止!
いま、この水たまりにある試みをしている途中なんで、できれば遠回りをお願いしたい。
――こんな、公園中で何をしているのか?
よく聞いてくれた! ありていにいえば、健康診断だな。
人間も隠れ潜む病魔をあぶりだすために、定期的な健診をすすめられるだろう? それと同じく、土地だって健康に気をつかわないといけないのさ。
よし、準備完了! これより診断を始めよう。
よかったら、つぶらやくんも付き合わないかい? 土地の健康診断にさ。
……よーし、そうこなくっちゃ。普段からお化けの話が好きなんだから、断るなんてこともないよね? それとも、背負うものが何もない子供ながらの無鉄砲さゆえ、かな?
ま、善は急げだ。さっそく診断を開始しよう。
ミッション・ワン!
今から学校へ取って返しま~す。下校時刻まで間があるので余裕でしょう!
僕は2階の教材室へ行くから、つぶらやくんは3階の教材室に行ってね。そこの奥の右から4番目、手前へ11番目の木目の上で3回ジャンプをしてくれ。
1回ごとに膝を曲げて、たっぷり溜めを作っての3回でね。検査は数重ねりゃいいわけでも、早くやりゃいいわけでもないんだ。
もっとも効果的なやり方をしなくては、正しい結果は出ない。よろしく頼むよ。
終わったら昇降口へ集合ね。まだ向かう先があるんだ。
ミッション・ツー!
やってきました、近所の公民館で~す。
――なに? いま将棋の研究会が入っているみたいだって?
大丈夫! 部外者でも平然としていれば大丈夫だよ。ほら、のぞいた限り、僕たちと変わりない歳の子がちらほらいるっしょ? あそこから将来のプロ棋士とか生まれたりすんのかなあ。
女の子のプロとかすげーじゃん。女流棋士とか。
――は? プロ棋士と女流棋士は全然違う? いまだプロになった女の棋士はいないはず?
いやいや、実力的にすげー人はいるんじゃねえの? 将棋で男女にそんな差があるのか?
――女流棋士のハードルはプロ棋士よりだいぶ低い? プロやれるなら女流で上澄みが過ぎるし、そっちで活躍したほうがいいんじゃね? 背水の陣てわけじゃないから、男のほうが上に行きやすい環境なんじゃ?
なんだよつぶらやくん、将棋大好き人間なのか君は? 僕もちょこっとはかじったけどね将棋。知り合いの中じゃ結構強いんだぞ、今度指してみるかい?
まあ、僕らの棋力がせいぜい数十だとしたら、プロの対局なんぞ棋力53万くらいあるんじゃないかとすさまじいけどさ。でも、限界なんて自分じゃ決められないな。
そのうち、めちゃくちゃ若くて、それでいて大人顔負けのスーパー将棋人みたいな子が出てきて、将棋界を賑わすんじゃあないの? いやあ、楽しみだな。
と、いまはその話は置いといてだ。
僕たちは将棋を指すためにここにきたんじゃなく、健康診断のために来たんだ。
今回は一緒に行くぞ。ここの2階の一番奥の空き部屋。そこの一番廊下側の畳の上で、さっきと同じように、ジャ~ンプ、ジャ~ンプだ。
――誰かが上がってきたらどうするんだって?
そのときはそのときだ。
新手を指されてビビってられるか? 僕らビギナーはビギナーらしい直感とみずみずしさで取り組めばいいんだよ。
ミッション・スリー!
ふう、堂々としたスニーキングも緊張するもんだけど、もうひとつだけ付き合ってもらおう。
3つ目のミッションは……ピンポンダ~ッシュ三連!
――あ、痛い! 殴るな! 殴らないで! おねが~い!
ピンポンダッシュは犯罪だなんていうのは、いまや世界の常識。ただやるだけなら、君がやってきたように制裁を受けても文句はいえない。
しかし、僕たちがやるのは押してすぐ逃げるとか、反応をうかがうギリギリ感を楽しむだとか、ましてや生活している人の平穏を侵害するとかでは断じてない。
健康診断なんだ。
――おめえ、健康診断といえば、なんでもまかり通ると勘違いしているんじゃないか?
ほ~、い~だろ~。
じゃあ、正真正銘のピンポンウェイト&ダッシュをしてやろうじゃないか。つぶらやくんにもお願いする。
賭けてもいい。君に頼む家たちは、この時間帯はおうちの人は誰もいない。そこで呼び鈴を押したうえで、玄関の戸を二、三回ノックしたうえで「ごめんくださ~い」と声をかける。
誰も出てこなければ、それでいい。帰りは駆け足でここまで戻ってくるんだ。
けれども万が一、億が一、兆が一。家の人が出てきたのなら、次に言うようなことを伝えろ。
「――――――」
覚えた? これを話せば、日本で生まれ育っていない人以外には、絶対伝わる。許しをもらえる魔法の言葉だ。ほら、罪悪感がみるみる消えていくだろ?
あ、絶対に他の人には話すなよ。記述したりするなよ。もちろん、使うなよ。
今回限りの特別だ。君の好きそうな表現を借りるなら、日本人の集合的無意識へ語りかける呪文よ。
悪用するようなら君の存在の一切がっさいを、アカシックレコードから消してやる……なーんてね。
使う事態なんて、こないこない。はりきっていってらっしゃ~い。
ファイナル・ミッショ~ン!
はい、無事に公園へ戻ってくることができましたね~。
あとは先ほど簡単な柵で囲っておいた、この水たまり。さあさあ、公園の隅へ寝かせていた、この竿を持ってね。いっせ~のせで、ずぶうっと池にぶっ差すのさ。
ほら、ストローみたいに中が空いているよね。地面にぶっ差したあと、こいつを引き抜いて赤~い土が詰まっていたら健康な証だよ。もし違ったら言ってね。
うん、大丈夫だったかな? よしよし、健康健康。
――今回の過程にどれほどの意味があったか?
つぶらやくんなら、うすうす想像できているかと思うけど、あえてかな?
健康診断に必要な「ツボ」を押させてもらったのさ。
学校、公民館、ピンポンした家たちとそこから戻る道。そして、この公園の池。
いずれも古くからある、この地域のツボなのさ。それを跳躍や走りで刺激することで、この池へ診断結果が出てくるようになる。
これには繊細なバランスが必要なんだ。ちょうど、つぶらやくんくらいの年齢、身長、体重こそが、正しい診断を出す刺激としてぴったりなのさ。
近く、僕もお役御免になり、次の子へバトンタッチしていくだろう。ちゃんと地域に志ある子供がいる限りね。
子供の数は減っていく。
これはもう見えていることさ。老いた人が増えていき、生まれる子は減っていく。
その子たちも、このような面倒なことに興味を持たず育っていく。だって楽しいことや辛すぎることが増えていくんだ、これからさ。これも見えていることだ。
いずれこの診断も絶え、ツボを押す者も報せる者もいなくなり、やがて地域もすさんでいってその責任を押し付けあうだろう。
これも……まあ見えていることだ。今のままであるならね。
いよいよどうしようもなくなったら、あの魔法の言葉を使うかもしれない。
もし、君も「自分がこんなことやるわけないのに、なぜ?」と魔が差すことがあれば考えてくれよ。
地域を守りたいがために、文字通り君へ魔法を差さねばならないときがきたのかもしれないから。




