土は歌う
あ、つぶらや先輩ですか。こんな体育館裏まで回ってくるなんで、つくづくおかしな人ですね。またネタ探しですか?
……え? 何をしているか?
地面からですね、音が聞こえてこないか、注意をしていました。
今日はひょっとしたら聞こえてくるんじゃないかと思って、気を付けていたんですよ?
あれ、聞いたことがありませんか? 土って歌うんですよ。
――何か、土の中にいる生き物が反応しているのか?
ほほう、さすがですね先輩。なかなかの着眼点です。
十中八九、その通りだとは思うのですけれどね。私は確証を得られていないんです。
というのも、この歌い手の姿を見てはならない、という言い伝えがありましてね。あくまで歌声を聞くにとどめたほうがいいとも。
あ、「だったら別に、ぶっそうな歌を聞かなくてもいいじゃないか?」て思いましたね? 私もそう願いたいところなのですが、これもまた如何ともしがたいことで。
なんといいますか、日ごろから飲むお薬のようなものでしょうか? 慢性の症状が身体のうちにあって、服用せざるを得ない状況といいますか。避けたら避けたでまずいことになる恐れがあるんです。
とはいえ、先輩もこのタイミングでここに来てしまった以上は、たとえ影響がなくても知識として知っておいたほうがいいかもですね。
私の知る、「土は歌う」の言い伝えを。
親から聞かされた話によると、私たちの地元ははるか昔に隕石が落ちたとされています。
その跡と伝わるクレーターが、いまもひっそりと山の一角に残されていますよ。興味がおありでしたら、またいずれご案内しましょうか。
で、その隕石が落ちた時より、土が歌うようになったといいます。同時に、地元へ住まう人たちは土の歌を聞き分けることが可能となったのです。
歌がどのようなものなのか……というのは、ちょっと一様に説明ができません。
演奏家の人が本当に一曲のみを奏で続けて生きられるわけでもないように、奏でられる土の歌は多種多様。地球基準でいえば、クラシックからマイナーな民族の音楽まで網羅しているようなもので、これという傾向がないのですよね。
ただ、あの隕石が落ちて、土の歌を耳へ入れたその日から、私たちは変わってしまった。
これまで住んでいた竪穴の家たちから、もっぱら天然の洞窟の中へ住処を移し、何世代かのときをそこで過ごすことになりました。
家の中へ住まうことが、ままならなくなったからです。夜には屋根の下で眠っていたのが、朝に起きると大黒柱を残して家そのものが粉々になっていること、しばしば。
その柱もまた、刃物で切り付けられたような深い刀傷をいくつもこさえていまして、何者かが寝ている間に狼藉を働いたかのように思えました。
しかし、時機を前後して同じことが近隣の家々でも起こります。当初こそ外部から来た何者かの働きかけに思われ、ならばと洞窟へ移り住んだ彼らは、外から何物も入れないような封をして夜を明かしてみました。
結果、洞窟の壁面には、寝る前にはなかった深い切り傷がいくつも浮かんでいることになり、確信を得ます。
自分たちが眠っている間に、これらのことは起こっている。おそらくは、眠っている自分たちの手によって。
いったい、どのようなことをしているのかと皆が不安に思い出した、その日の昼。彼らは聞き慣れない音楽を耳へ入れます。それが伝えられる中で、一番古い「土の歌」なんですね。
どうやら絶対音感持ちのような耳覚えのいい人がいたようで、その時のメロディはいまも有名な民謡に混じっているはずですよ。作者不詳とされるものの中にですね。まあ、アレンジしてあるし分からないんじゃないでしょうか。
で、それを聞いたときからしばらく、洞窟暮らしの中で増え続けていた傷痕は、ピタリと増加を止めました。おおむね100日ほど、その期間は続いたようで。
当初は寝ている間のみに起こっていた謎現象でしたが、世代を経てこなれてきたか、起きながら経緯を目の当たりにする者も増えてきました。
とはいえ、仕組みはとんと分からないままですけどね。
突如として背中の皮が横や縦一文字に破れ、そこから扇や三日月を思わせる発光体が飛翔。周囲の屋根壁へ激突し、切り傷のごとき損傷を与えている、という現象ばかりですから……。
おっと、先輩。ちょっとお話止めてもいいですか? 「歌」が聞こえてきたんで。
耳を凝らしてみて、どうですか先輩? なにか聞こえてきますか?
――遠くでバイクが鳴らすエンジン音みたいなのが、やたらと響き続けている?
おお、これまでの人の中ではなかなか上位の聴覚かもですね。聞こえない人は、まったく聞こえないんですよ、これ。
でも、私にはあくまでそのエンジン音とやらがベースであって、そこへ乗っかる様々な調べが聞こえますよ。
それはつるうち。魔を遠ざけんとする、張り詰めた弦のはじかれ。
それはひっかき。傷を残し、境を明確にせんとする爪牙のほまれ。
それはかちどき。無窮の闇を越え、ようやく大地を得たしあわせ。
すべて、すべてが耳奥へ……あ、いや、だめ、だめ。足りない、足りない、早く、もっと、もっと、もっともっともっともっと……ああ!
くう、抑えられましたが、間に合いませんでした。
先輩もここ、早く離れましょ? 体育館の外壁にあんなふっかい傷がついているときにここいたら、絶対に追及されますって。
ん? ご覧になりましたか? 言葉通りの現象。
これでもだいぶひっそり済ませようとしまして、例の発光体は肉眼で見えないくらいにはなったと思うんですけど。
でもほら……制服の肩甲骨のあたり、薄く横一文字に斬れているでしょう? 目立たないとはいえ、こればかりはどうも。
――え? 最初は伝聞気味だったのに、隕石が落ちて、土の歌を聞いてから私たちは変わったと、まるでその場に居合わせたかのような口ぶりがちらほら?
ふふ……まあ、口がすべったとでも言っておきましょうか。
この大地は、あまりに懐が広いものですから。遠く異なる世界のものでも、度を過ぎない限りは受け入れてくれるものです。
あまりに受け入れすぎているから、彼らはいずれも覇権を握れない。結果、力あるもの同士へ関心が向いて、いつでも簡単にひねりつぶせる人間を気にしない……ゆえに人間はこうしてたくさん存在できているのですよ。
この拮抗がいつまで続くか分かりませんが……ふふ、先輩が生きている間は何もなければいいですね?
それとも命を賭してでも、目に焼きつけたいですか?
何も残せず、何も話せなかったとしても。
この大地の新たな覇者を。




