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林の病

 これまで、この地球でどれほどのものが造られ、また失われていったのだろうか。

 地球ができたのそのものが46億年前と、数字で聞くとわけわからないほど長いからねえ。きっとめちゃくちゃたくさんあるだろうね。

 いかに広い地球といえども、面積には限りがある。仮に、葬られてきたものがそのまま残り続けていたら、地上がパンパンになってしまうのも時間の問題だったろう。そうなっていないのも、ひとえに自然の中で存在しているものたちの分解仕事のたまものだろう。


 いくら芸術的に組み上げたものであっても、もとをたどっていったなら自然物へたどりつく。我々の手間暇も、いずれはこの地に、この空へ溶けていくものなんだな。

 でも、私たちは確かにここへいたのだと、いろいろな証を残しうる。その最たるものが「お墓」だろう。

 墓は現存しているものだと、最も古くて7万年以上前のものが確認されているらしい。

 存在を残すばかりじゃないな。死体は多く、病毒のみなもととなりえるし、隔離の意味合いもあったのだろう。我々がこうして立つ大地は万病、億病、あるいは兆病が大地に育まれ、未知の病気が時と共に姿をあらわすのも当然かもしれない。

 私も、地元でささやかれる奇妙な病の存在を知っている。地域特有の珍しいものらしくてね。よかったら、聞いてみないか?


 林の病は、へそから出る。

 地元で昔から伝えられる注意ごとのひとつだ。

 私たちの住んでいるところは、長く森林地帯だったらしく、近代に入ってから大規模伐採を行ったうえで開発がすすめられた。その性急な開発ゆえの揺り戻しが、林の病だと考えられている。

 詳しい事情は分からない。自然の流れに反した行いには責任が伴うということにして、自分たちのやったことへの後ろめたさを振り払いたいのかもしれなかった。

 実体験しないうちは、いろいろと他人事で考察できるのは、このことに限ったものでもないだろう。私も小さいうちは、適当に考えをめぐらせていたのだけど。


 小学校4年生のときだったかな。

 冬の朝、目覚めてすぐに私は腹部に冷えを覚える。

 布団をかなり重ね、この日以外はみじんも寒さを感じたことはなかったから、いったいどうしたのかと思ったさ。

 いざ、起きて布団を引っぺがしてみると、寝間着に真新しい濡れシミが浮かんでいる。

 またよりももう少し上の、へそのあたりにだ。おねしょとはいいがたい。

 上のパジャマをめくってみると、へそのあたりにのみじんわりと汗がにじんでいたんだ。

 いや、汗というには少し脂ぎった臭いとぬめりがあるように思えたんだよね。そして、よその身体の部分はなんともないと来ている。

 で、これを起きていた親に相談したところ、林の病じゃないかと判断されたわけだ。


 林の病を受けている疑いのあるものは、まず日中の間はせっけんを手放せなくなる。

 個人差はあるが、およそ30分から1時間ごとに、あの脂っこい臭いがお腹から臭ってくることになる。そうなったら、すみやかにお腹へせっけんを塗るんだ。

 私の場合は学校があったからねえ。登校時の連絡帳に林の病の件を書いて先生へ見せたところ、授業中に手をあげてトイレへ行き、せっけんを塗るようにうながされたよ。

 ほんとに認知されているんだと、学校にいる間でせっけんを塗ること9回に及んだ。いっそ早退なり欠席なりさせてもらえないかと思ったのだが、いつも通りに過ごすことがかえって大事なことだとされたよ。

 あまり不自然に「かまってやる」と、かえって向こうに付け入るスキを与えかねないと。

 それはある意味、病気というより生き物に対する警戒と似たものだったのかもしれない。


 そして外出から家へ戻ってきてからは、ひたすら「しそ」を食べる。

 他のものは、水以外を摂取することができず、しそばかりをかじることになるんだ。

 まったく食べない、という選択肢はない。林の病を進行させかねないから。かといって、おかずも何もなく、しその葉を食べるというのは味気うんぬん以前にしんどい。

 ペリラアルデヒドを嗅いで、食欲が増進するという話はあるが、それはしその香りを楽しめる人じゃなきゃ無理だと思う。ただでさえ甘いもの、脂っこいもの、ばっちこいな子供にとってはほぼ拷問だった。


 が、「らしい」効果も表れてくる。

 しそを食べていくうち、お腹の底から水音がたってくることがあってね。それに合わせるかのように、へそからぴゅっと水が飛び出てくるんだ。

 今朝から嗅ぎ続けている、脂の香りを倍は濃くしたような液体。これこそが林の病の源であり、こいつが身体からすっかり出きってしまうまで、このしそとの格闘を続けなくてはならないという。

 実際に見たから、だいぶ自制心は働いたのだろうと手前みそながら思うよ。でもいかんせん、私は辛抱が足りなかった。

 寝る直前までしそを噛んでいたんだが、いざ部屋で横になるときに「ちょっとだけならいいだろう」と、勝手な許しを自分で出してしまってね。

 部屋にこっそりストックしてあった、小さいあめのひとつを口へ放り込んでしまったんだ。


 すると、どうだ。

 へそがたちまち熱くなったかと思うと、ぶちりと繊維が引きちぎれるような音が続く。

 めくりあげようとした布団をも、たちまち貫いて立ったのは、槍の穂先のように鋭い一本の緑色をした茎だったんだ。私の上体の動きに合わせ、茎も一緒に動いていく。

 私のへそから、茎は伸び出ていたんだ。


 力に訴えて、どうにか引っこ抜くことはできたけれど、へそからはそれなりの血が出たよ。親にそれが知られるや病院へ連れていかれて、即入院する羽目になった。

 へそを根っことするあの茎、早めに無理やり抜いたからこの程度で済んだものの、放っておくと一本の立派な木となってしまうのだという。

 人体のほうはというと、ほどなく息を引き取ってしまい、身体はその木を育て続ける養分となってしまうのだとか。

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