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ここで摘め

 立小便は犯罪になる。

 たいていの人が一度は聞いたことがあるんじゃないだろうか。公衆の利用する場所で大小便をするのは罰せられる恐れがある、と。わいせつ罪などもからむと考えれば、もっと複雑なケースも考えられる。

 他人の持つ敷地内へ行くのも、とっさのことであってもまずいな。今度は不法侵入罪などに問われる可能性が出てくる。こちらは先の軽犯罪よりも重くなる恐れが出てきて、しゃれにならない。

 とはいえ、生理現象はいつどこで襲い掛かってくるか分からず、どうしても用を足したいときがやってきてしまうかもしれない。そうなれば、君はどうする?


 うん、ひと気のないところを探し、そこで片をつけようとするだろうな。

 先に公衆が利用する場所だから、問題になるといった。ゆえに公衆が利用しない場所でひっそりと済ませるならば、とがめられる恐れもだいぶ減る。そこが誰かの敷地でないのなら、ね。

 わかりやすい目印が、ところ狭しと立っている、なんてことはめったにない。ひょっとしたら、そうと分からないうちに入り込んでしまっているケースもあるかもね。ほんとう、目立たないうちで。

 私も小さいころに、お花摘みをめぐって少し妙な体験をすることになったんだ。そのときのこと、聞いてみないか?


 私は小さいころ、トイレが近い人間だった。

 四六時中というわけじゃなく、外へ出ているとき。それもあまり慣れていない環境に身を置いたときに、なりやすい傾向があった。

 レジャーランドをはじめとする、アウトドア系の施設へ向かうときは大変だったよ。行列待ちなどしようものなら、そこが誇りの分岐点。

 たとえ直前に済ませていたとしても、並んでいるうちに催してくる。まわりがそわそわしているのがアトラクション待ちのためだというのに、自分だけその後の安らぎのために戦っているとか場違いもはなはだしい。

 なので、もっぱら空いたアトラクションばかりを攻めるので、行列必至の目玉アトラクションの味を知ることはできずにいた。

 お医者さんにも相談したが、病院などではそれらの気配を全く感じさせないからなあ。心因性のほにゃららの恐れみたいなことを言われたが実態をつかめず。このような体質なのだろうとなかばあきらめていた。


 そのため学校で行われる郊外での遠足も、私にとってはうんざりする行事だった。

 あのときはアスレチックのある自然公園へ行ったのだけど、いざ自由時間になるやお花を摘みに行きたくなってしまってね。みんながはしゃぎ出す中、そそくさとその場をあとに公衆トイレへ向かったんだ。

 が、そこが見事にいっぱい。私の用があるのは個室なのだが、2つしかない個室はどちらも閉ざされて、施錠がされている。この絶望感たるや語るまでもあるまい。

 ときおり、女性陣がトイレ前に長蛇の列を作っているのを目の当たりにするが、あれの後尾の人たちはどのような心持ちなのだろうと、心配したことは一度や二度じゃない。

 男である自分は、最前列で待っているというのに、許されるなら今すぐ地団駄踏んで相手を急かしたいところだ。


 そして、相手がいつまでたっても出てこない。

 かれこれ10分ほどは経っているのに、水を流すどころか、用を足していることを思わせる気配すら届いてこないんだ。便器に座り込んで眠っているか、スマホいじってんじゃないか疑惑だよ。

 シュレディンガーの猫ならぬ、公衆トイレの開かずドアだが、外から叩いて急かすというのもしていいものかどうか、判断に困る。何に突然キレられて、被害を受けるか分からない物騒な世の中なのだ。


 ――でもなあ、これ以上は……。


 自分が限界を迎える。

 学校の友達がいつ見るかも分からないところで、恥をかきたくない気持ちはある。

 ここで漏らすか、あるいはどうにか目立たないところで危機を乗り越えるか……私は後者を選んだよ。


 ここに来るまでに使ったバスの停まる駐車場。そこから先の斜面は、いい具合に身を隠しやすい茂みが横たわっている。

 ポケットティッシュ片手に、私はその一角へ潜り込んだ。これまで我慢を重ねていると、気のゆるみは思っていた以上の影響をもたらし、結果を急ぐようせっついてくる。もたもたしていれば、たちまち中から出てきてしまうだろう。

 座り込んで、ズボンもろとも下着を下ろす。かがみこむ前に周囲は見やったし、ここには誰もいないはず……などと、これまでの経験から思い込んだのがまずかった。


 一通り、中身は出したものの、まだ第二波があるかもしれない。そう安心と不安の絶妙な領域に置かれたところで、ふと私は頭上を見上げてしまったんだ。

 あたりの木々、その樹冠に囲われた限定的な空。

 その限られた領域いっぱいを埋め尽くす、ひとつの大きな目玉を。そこからひとしずくの巨大な涙が落ちるのを、私はとらえたよ。

 頭のてっぺんで跳ねて、崩れたしずくが私をしとどに濡らし、かといって用を済ませているゆえ騒いだり、暴れたりすることもはばかられる、我慢の時間。

 それらがすべて落ち着いたとき、もう一度見上げても、そこには曇り気味の灰色空しか映っていなかったよ。


 私が外で催すとき、あの目玉の期待がかかっていたんじゃないかと思っている。私の用を足すさまを見届けたいと、いささか奇妙な好みを持って、力を働かせたんじゃないかとね。

 大人になると、きっぱりなくなったあたり、あくまで子供趣味だったかもだが。

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