集まりの学び
いやあ、三学期がはじまると休みから学校通いへコンディションを戻すのが大変じゃない? 夏休みほどの長さはなくても、冬休みは密度がある。
年末年始はいろいろなことが重なって、仮にのんびり過ごすことができた気がしても、心身は思っていたより疲れていたりするもの。それがまた、学校生活向けのギアチェンジを強いられて、しんどく感じる人もいると思う。
なにより、学校は一度に接する相手の数が段違いだ。ここでもまた、自分では意識しきれないほどに、相手への対応を考えて動かなくてはならない。
特に気をつかわなくてはいけない、神経をすり減らさなくてはいけない相手などがいたなら落ち着かないだろう。そいつはひょっとすると、人でない生き物の世界でも同じかもしれない。
僕もこの冬休みで、父さんから聞いた不思議な話があるんだけど、耳へ入れてみない?
どうして学校へ行くのだろう?
子供のうちに考える代表的な疑問のひとつだと思う。特にコンディションがよろしくないときだ。
人間、とんとん拍子のときは足元をうかがったりしないのに、不都合が生じると自分のやっていることに疑問を持ち始めるものだ。答えの出るテストとかならまだいいけど、答え合わせをしてくれない人生だと、誰かが自分の考えの味方をしてくれないかと不安になる。あるいは納得いく答えをもらえるか。
父さんも子供の時分に、祖父に同様の質問をしてみたことがあるらしい。
いったい、どのような答えが返ってくるのか……と思っていたところ、「危ういものを察知するため」という、ちょっと意外な回答。
学校といえば勉強する場のイメージ。だとしたら、それを通じた将来の心配こそが第一なのではと父さんなりに思っていたから、祖父の言葉の真意を尋ねてみた。
「同年代の者たちが集まる場所、学校。その環境は他ではなかなか見られない、特殊な場所なのでな。ときにおかしなものが紛れ入ることもある。そいつに対しての感覚を鋭敏にし、将来起こりうる珍しい事態にそなえる。わしはそう思っているのだ」
いまひとつ、うなずきかねる父さんを連れて祖父は家を出る。
この時期はメダカがそこかしこの川でよく見られた。メダカの学校は川の中にあるとは、歌にもたとえられるほどで、今も川の中で無数に泳ぐ姿が、その有様を連想させるのだろう。
「この時期なら、もうじき見られると思ってな」
なにを、と父さんが問い直す前に、メダカたちへ変化が起きた。
先ほどまで川の真ん中を、つーい、つーいと音が聞こえてきそうなくらいのびのびと泳いでいたのが、突然ぱっと左右へ道を開けていったんだ。
川べりから垂れさがる、小さな葉っぱたちの中へ身を隠す面々。彼らはせわしなくその中を動きながらも、草の影から出ようとはしてこない。必死におしくらまんじゅうをしているかのようだ。
「見えるか?」
祖父が指差す水面へ、父さんは目を凝らしてみる。
メダカたちが道を開けた川の上流。そこからほのかな瑠璃色を放つ一本の筋が流れてきた。父さんには最初、それが油によるものと思えたんだ。
しかし、筋はあまりに整い、つながっているうえに広がりも薄まりもしない。一定の太さのまま、軽くうねりをくわえながらメダカたちの泳いでいたところを滑っていく。
あれはなんだ? と父さんが思う間に、おしくらまんじゅうをしていたメダカたちのうちの一匹が草の下からはじき出された。
はっきりと姿が光にさらされる。メダカはすぐに草下へ戻ろうとしたが、あの瑠璃色の筋がそれを許してはくれなかった。
つーい、つーいと動くメダカの何倍も早く、磁石で引き寄せられたかのような勢いで身体を引き延ばした筋は、あやまたずメダカの身体をとらえる。そしてそのまま、川の底へと沈めてしまったんだ。
瑠璃色の筋は、これまでの流れ具合がウソのようにその場でしばし動きを止め、メダカの隠れたところへとどまっていたそうだよ。
「仲間を外れた奴は、ああなることがある。だから学校は集団を学ぶんだ。自分が気に食わなくても、周りに合わせないといかんときもある。その大事さを教えられる場なのさ。もっとも繊細な差を見分けるのは容易じゃないがな」
かくいう父さんも、その後の学校で妙な体験をしたらしい。
数か月後の午後の授業。その最初のコマで父さん以外の皆が、ことごとく眠気に襲われたらしく、舟を漕ぎ始めたんだ。しかも、授業をしている先生ですら、ときおり無言になってふらつき、生徒たちと同じようなウトウト姿勢を見せ始める。
なんだかおかしいぞと、ひとり目が冴えていた父さんだけど、そこへにわかに背後から覆いかぶさってくるヤツがいたのだとか。
正体は分からない。あまりに突然かつ想定外の重さを受けて、ろくに抗うこともできず机に突っ伏した父さんは、あっという間に目の前が真っ暗になってしまった。
目を開けているにもかかわらずどうして……と思うや否や、ぱっと開けた視界にうつるのは教室の天井部分。父さんは仰向けになったまま、教室のど真ん中へ落ちてしまったんだ。
自分のクラスではなく、ちょうどその真下にある他学年の教室の中央へ。天井にはまったく穴が空いていないにもかかわらずね。
痛いし、まわりの人たちは普通に授業をしていたから困惑するしで、居心地が悪いこと限りなし。父さんはそそくさと教室を後にし、自分のクラスへ戻った。
クラスをのぞいたとき、みんなは判を押したように机へ突っ伏していたそうだ。先生も教卓に対して同じような姿勢だったとか。
それが、父さんの入ったとたん、軍隊を思わす一糸乱れぬ動きでぴんと起き上がり、何事もないかのように授業が続いたようだよ。
ああ、どうやら自分が合わせないといけないときだったらしい。
父さんは後になって分かったけれど、祖父の期待するような「学び」は結局、十分に得られなかったと思っているそうな。




