土いちご
先輩は「土いちご」をご覧になったことがありますか?
あれ、珍しいですかね。うちの地元じゃ、土いちごといったらこの時季にときたま見受けられる果物? というか食べ物なんですけれど。
そういえば、こちらに出てきてから数年が経ちますが、全然聞きませんね土いちご。あまりになじみ過ぎていて、誰も口に出さないのかな……なんていうのはちょっとおめでたすぎる考えだったかも。
土いちごの話ですか? ああ、先輩なら興味が湧くかもですねえ。
いいでしょう、お話しましょうか。
先ほど、果物なのかどうか迷ったのは、土いちごと見つけるにあたり、何点か不思議な特徴を有するからなんですね。このことから、地元では土いちごは食べ物にあらず、生き物であると話す声もあります。
――え? 植物とか動物も突き詰めれば、結局は生き物であることに変わりない?
まあ、もっともな意見ですよね、それは。
でも私たちは、ややもすれば植物と動物を区別しがちじゃありませんか? 能動的なアクションが多いか少ないか、という点などで。
動けば、こちらへぶつかる可能性も増える。そうして触れてくる連中がいて、私たちははじめて関心を払うのかもしれませんね。
ともあれ、土いちごに関しては私たちが自ら起こす行動によって、出会う確率が増していく相手なのです。
土いちごは、見た目には大根の葉に似たかっこうをしています。
大根と違うのが、自己アピールが強い点ですね。土いちごが近辺に生えているとですね、地面の中を弱い地震にも似た、振動が伝わるんです。
夜中にふと目が覚めることがあると、自分の身体がこのような揺れをいち早く察知したためだとは、ときどき耳にしませんか? 土いちごの場合もそうなんです。
ただ異なるのは、その目が覚めたあとでしばらくすると、心臓の鼓動に似た音が背中を打ってくるんです。
人によっては、自分の身体のことではないかと、ひどく心配してしまうのもあると思います。自分の胸から出ている心音ではないかと。
しかし、長くて数分続くその鼓動を注意深く感じていれば、身体の外から聞こえてくるのだと気づけるでしょう。そして敏感な人であれば、こうも感じます。
布団やベッド越しにも、縫い針でつんつんと背中をつついてくる、とげとげしい触感が確かに。
それが土いちごの発する気配なんです。
これを感じることができた手すきの人は、自分の家を中心にして近辺を歩き回り、土いちごの居場所を探ります。
さすがに道路の舗装が進み、生の地面が限られる場所ですと、土いちごそのものがあまり育たないみたいですね。その代わり、田畑の広がる田舎風景であったなら、そこに溶け込むのは、いとたやすきこと。
特に畑仕事へたずさわる人は、土いちごと長いこと向き合っていました。とはいえ、その徹底ぶりは害虫を相手にするときのごときですけどね。
どうしてか?
土いちごはですね、食いしん坊なんですよ。なった自分をますます大きくしようとして、土の滋養ばかりか、そこに植わっている植物たちの栄養さえも独り占めにしていく。
すさまじい生命力を発揮するのは、植物の種によってはおかしくないことなんですけどね。それがもっぱら田畑の作物へ影響を与えるから、荒らしに来る獣たちと大差ない被害が出る。ゆえに動物扱いも、おかしい話じゃないんです。
で、実際に土いちごを見つける際なんですが、先に話したような大根によく似た姿をして紛れ込んでいます。ややもすると、本物の大根の影にあったりしますから、ざっと探しただけじゃ見逃すことも多々あるんですよ。
ひと昔の人たちは地道な作業、あるいは経験者の優れた勘によって場所を割り出していたと聞きますが、20世紀になって駆除に対して、劇的な効果をあげるものが導入されたんです。
練乳。かのコンデンスミルクといったほうが、なじみのある方も多いでしょうか。
牛乳に砂糖をくわえて作る、ごくごく甘い液体。あれが土いちごの判別に、とっても役に立つことが分かったんですね。
コンデンスミルクを手のひらに出し、こぼさないように畑などの土の上を練り歩いていくと、風もないのに勝手にそよぎ出す草があらわれるんです。
そこをむずっとつかんで引っ張りあげると、土いちごの実とご対面というわけなんですね。実の大きさも個体差があるようで、一般に食べられるいちごと大差ないサイズもあれば、まるでカブか何かと思う、ひとかかえもあるサイズもあるとか。
栄養をがめていただけあって、いずれも外れなしのおいしさではあるんですよ。まあ、厄介者の処理という面は変わりませんけれどね。
で、先輩にどうしてこの話をしたかと言いますと……このあたり、土いちごがありそうなんですよね。
あ、これスキンケアのクリームじゃないですよ。コンデンスミルクのチューブです。目立つから表面は隠していますけれど。それをこうして少し出すと……。
ほら、そこにいた。先輩、分かりますか? そのガードレールと歩道の間にあるわずかな地面から出ている茎、勝手に揺れていますよね。
先に、舗装された都会ではまず見かけないといいましたが、どうもこの100年あまりを通じて彼らもたくましくなったのか。すき間を見つけるのがうまくなりましてね。
あ、先輩、ちょっと離れていてください。今から、これ抜いちゃいます。
ん……ん……え? そんな顔赤くして平気? 大丈夫、いつものことです。
ん……ん……え? コンクリ割れてきたが? 大丈夫、いつものことです。
ん……ん……え? 地面に大穴あいたけど? 大丈夫、いつものことです。
でも、ほら。じゃーん、なかなか大きいいちごでしょう?
これがおいしいんですよね~、まさに都会の味といいますか。先輩もひとくちいかが……て、その顔じゃ聞くまでもないですか。残念。
う~ん、帰り道に食べる土いちごもなかなか。都会の空気はおいしいですが、都会で食う気を出すチャンスも大事……なんちゃって。




