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だいだいつむり

 自分のいるところで、急に妙なことが起き始める。のどにつかえた小骨のように、うっとおしくなることの上位にあると思います。

 どうせならこちらが気づかないうちに、あっという間にやってきて、あっという間に終わっちゃう、ならいいのですが、下手に気づいてしまうと厄介なんですよね。

 意識を向けなきゃ無視してしまうほどの小さなこと。それが向いたとたんに、心のシェアをどんどん埋め尽くしていく。本来、やらなくてはいけないことさえ隅へ追いやられるようになりかねませんから。

 年末年始など、やることがたくさんありますからねえ。うっかり、やるべきことが頭から抜けたりすると大変です。でも、気を付ける点は気を付けたほうがいいでしょうね。

 お正月にまつわる、私のちょっとした昔話なんですが聞いてみませんか?


 お正月飾りと言えば、暮れに着けるもの。

 私としてはお正月を示すものだというのに、まだ年の明けないうちから行うことが、昔から疑問なんですけどね。

 卒業式とかも、その練習をするとか不思議な気持ちです。卒業というただ一度の瞬間しかないのに、それを何度もやるとなるとどうも……ね。

 まあ、ともかくその年のお正月飾りの用意をしていたときです。


 しめ飾りや鏡餅といったら、そこにみかんを添えるもの……とはだいたいの人がイメージ湧くと思います。まあ、厳密にはみかんではなく「だいだい」なんですけどね。

 代々、家が栄えるように……という願いを込められるだいだいは、みかんに比べるとだいぶ大振りかつ酸味があります。こたつに入りながら、皮をむきむきして、ぽんぽん食べるというのは、ちょっと難しい代物ですね。

 食べずに飾り物とするぶんには問題は少ないでしょうが、そのだいだいがですね。どんどんなくなってしまう事態があったんですよ。


 あの年は父が腰をやってしまいまして。手が空いていた私が、玄関にしめ飾りを取り付けたんです。

 あいにく小柄なものですから、踏み台を使いましてね。玄関の戸の上側に打たれたクギへしめ飾りを引っかけたんです。だいだいをたたえたものを、曲がっていないかどうか確かめながらね。

 ところが、いざ踏み台から降りて、あらためて見上げてみると、だいだいの姿がきれいさっぱりなくなっているじゃありませんか。

 思わず、二度三度と見返して紛失を確かめちゃいました。

 真っ先に思い浮かぶのは、自分が落としたかもということですよね。あの飾りつけのときにバランスを損なわせてしまったのかと。

 しかし、一部始終でだいだいの外れるところは見ていませんし、それらしい音もしていません。この高さから落ちれば惨事になりそうなものの、痕跡が見当たらない。

 近辺を探したものの発見はできず、私は家にストックしてある予備のだいだいを3つほど用意する羽目になりました。そして、この3つともがたちまち姿を消してしまったんです。


 これは縁起が悪い、と思いました。

 うちはこの手の言い伝えをやたら重んじていますから、だいだいなしなど分かったら、どうなることやら。やむなく、別にストックしてある大きめのみかんで代用にかかったんです。はた目には、すぐは分からないでしょう。

 そして、このみかんがいたずらされることはなく、しめ飾りのうちにとどまり続けてくれたんです。

「やれやれ」と思いながら、作業の完了を報告。だいだいの件は黙秘しまして、私はそのまま買い出しに行くと家族へ告げて、外へ出たんです。


 半分は外出の口実ですね。あのだいだいの消え方を見て、他の家の様子も確かめたくなった、というのが本心です。

 音ひとつ立てない、あの消失の仕方は普通じゃない。他の家でも例年、しめ飾りにだいだいを使っているところはありましたから、それらを見て回ったわけです。

 もちろん、飾りを変えた可能性もなきにしもあらず。それを踏まえた上で、半径4か5キロくらいは歩き回りましたね。一軒家からお店まで、飾りをするであろうところは抜かりなく。

 結果はいずこもおなじ、だいだいの暮れといったところで、もののひとつも見かけません。このようなことがあるのかと、首をかしげながら家へ取って返してしまったんです。


 買い出しに出かけるといいながら、何も買わずに帰ってくる。これが見とがめられないはずがありません。

 出迎えてくれた母に、これこれこうだと事情を説明したところ、すぐにピンとした顔をされましたね。


「ははあ、『だいだいつむり』が出るんだねえ。珍しい」と。


 だいだいつむりは、カタツムリの亜種とされますが、厳密には異なる生き物とされているそうです。

 殻の代わりに、大きなだいだいを背負う。それがこれから生まれるだいだいつむりにとっては必要なのだと。

 だいだいをああも気配なく奪う、となればカタツムリとは別種という考えも分からなくはありません。


「そうだねえ、このタイミングで出るとなれば……元旦の朝。年賀状が届く頃合いで、縁の下をのぞいてみるといい。だいだいつむりがいるはずさ」


 はたして、言われた通りの1月1日。

 私は裏庭へまわり、自宅の縁の下をのぞき込んでみます。抜いた歯を放り込んで以来、めったにのぞかないその空間。ほんの数メートル先に、まだ色鮮やかなだいだいが4つ並んでいたんです。

 最初の1個と追加の3個。あのときに私の目の前から消えたものと数が一致しました。そして彼らはいまや、見えども届かぬ位置にあるのです。

 やがて並んだ4つが、わずかにふっと浮き上がるのをみました。にわかに広がった黄土色の地べたの上で、です。

 地べたはだいだいごと、のそのそと家の奥へと動き出しました。それこそ母のいっていただいだいつむりの、「つむり」部分なのでしょう。


 最初の1メートルほど、緩慢な動きをしていた彼らですが、それは慣らしだったのだと思います。

 次の瞬間には、ぴゅっと加速して縁の下の奥深くへ潜り込み、見えなくなってしまったんです。

 彼らもまた人目につかないどこかで、代々の命を紡いでいくのでしょうかね。

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