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アリたちの瞬間

 政府と民間企業が手を組む。

 現実でも創作でも、規模が一気に広がる要素のひとつだろう。

 公的な利益のために出資する政府。利潤と拡大再生産を大きな目的とする企業。多くの場合は違う道を行くはずの、両者の思惑が一致する。それは大きな力の誕生であり、可能性の拡大だ。もっとも連携が取れていなければ論外だけどね。

 大きな力の集まり。手間をかけて磨かれた集団。その目的への力の入れ方は並々ならないものが、ときにある。

 最近、弟が話してくれた奇妙な話なんだけど、聞いてみないかい?



 弟は小さいころ、とあるアリの巣にご執心だったという。

 多く、遊び相手として使い潰されることも珍しくないアリたちに対し、弟がわざわざつぶしに動かず、観察に徹したのも、その巣の際立った活動ぶりが気になったからだとか。

 とにかく、アリたちの数が多い。いつ見に行っても巣のまわりは数十匹をくだらない矮躯で埋め尽くされ、せわしなく動いている。

 ときおり、遠出していたアリたちが餌を運んで戻ってくるのも見た。お菓子のかけらのように思えるときもあれば、セミらしきものの亡骸をまるまる持ってくるときもあったようだ。

 それらを、ときに穴のふちが崩れる事態になろうが、中へ引っ張りこんでいく。無数に周囲へ張っていたアリたちが、誰に言われるともなく集まって獲物を支え、中へと誘導していく姿も見られた。

 崩落におびえ、逃げ散るような格好もない。皆が協力して仕事を果たそうとする姿に、弟が感じたのは「企業」の香りだったという。皆が同じ方向、同じ熱量を持って向かうことができるであろう、一枚岩の姿勢。

 それが何を求めているのか、どのような行く末をたどるのか。弟はいつした、それが楽しみのひとつになっていたらしいんだ。


 その観察を続けて、数ヵ月が経ったころだろうか。

 東西南北、様々なところから持ち寄った獲物たちを取り込んできた巣。そこから珍しく獲物が吐き出されるところだったのだから。

 弟の感じたところでは、肉団子のように思えたんだそうだ。アリ一匹一匹が持てる大きさのピンク色のかたまり。それを巣の中から、どんどん、どんどん、どんどんとアリたちが出てきて列を成し、先へ先へ進んでいくのだから。

 アリが列をなすのは、餌を協力して運ぶためのもの……とは弟も聞いたことがあった。

 ただ、その目的地は巣穴のはず。なのに、運び入れるべき巣を出て、あまつさえ食べ物にできるであろうものを逆に抱えながら、彼らはどこへ向かおうというのか。

 巣があったのは公園の一角。彼らはそこからほどなく、敷地の外へと変わらず列を組んだまま出ていくが、そこへ一台の車が差し掛かる。

 タイヤの多い大型トラック。ここを通る台数は多くはないものの、皆無とはいえない交通量だった。それがいま、道を横断しているアリの行列へ迫ったんだ。

 重量差など比べるべくもない。トラックのタイヤは容赦なくアリたちを引きつぶし、通り過ぎたあとには、無残なむくろがいくつかアスファルトに転がるはずだ……弟はそう思っていた。


 だが、アリたちはかわした。

 タイヤが重なっていくとき、ぱっと列の前後が切り離されたんだ。前は進み、後ろは止まる。そうして作られた空隙をタイヤは通っていったんだ。

 それはトラックが完全に去るまで続き、直後から途切れていた列を直そうと、後続が足を早めて前へ追い付いていく。

 弟にとって、信じがたい動きであり、がぜん興味がわいてきた。アリには複眼があり、人間にはとらえられない磁場なども感知できる力があるというが、視力そのものはさほど強くないとも聞いている。

 しかし、まるで見えていたかのようなかわしよう。そしてあの一糸乱れない動きは、およそ自然に生きる動物たちが見せるにしては、きっちりしすぎていた。


 ――彼らは、なにか重いものを背負っている。あのトラックより重い、なにかを。


 弟は自分の許す限りの手で、アリの行列たちを追った。

 どこかしら、人の潜り込めない壁の中、土の中へ入られたら一巻の終わりだったろうけど、幸か不幸かアリたちは地上で長蛇の列を紡ぎ続けてくれた。


 やがてアリたちは、とあるマンションの壁をのぼりはじめる。非常階段の壁であり、外部の者でも立ち入りが可能なところだったという。

 階段を上がりながら、アリたちの先頭を追い続ける弟。アリたちも見られていることを知ってか知らずか、そののぼるスピードを緩めず駆けあがっていく。

 全員がその抱えた肉団子を離すことなく、そして列を変わらず乱すことなく、その点を目指していた。

 この建物の屋上を。


 おそらく、平時はここを閉め切っているのだろう。屋上へのドアの足元には南京錠が転がり、チェーンが中途半端に取り付けられたままのドアは半開きになっている。

 先客がいるのか……? と弟はドアのすき間から、屋上をうかがってみるも、そこには誰もいなかったそうだ。ただ、ヘリが着陸するポイントを示す「H」のマークはでかでかと浮かんでいたらしい。

 ほどなく、屋上のへりから行列の先頭が顔を見せる。続くアリたちも次々と登ってくるも、ここから彼らの列は一気に乱れることになる。

 アリたちはしゃにむに、がむしゃらに、あのHのマークへ向かって走っていった。先のトラックをかわした整然とした動きがウソのようだったとか。

 Hにたどり着くと、彼らはくわえ続けていた肉団子をどんどんと離していく。けれども、そのまま立ち去るわけじゃない。

 とどまり、後からやってくる面々の放つ肉団子を並べるのを手伝っていく。それは巣のまわりで見せた動きと同じ、団結力を感じさせたとか。

 誰よりも早く先を目指すのは、ただ目標を果たすのみならず、他者の手助けをするため。どこまでも珍しい景色を見せる……と弟が感心する間に、アリたちはどんどんとHをあの肉団子で埋め尽くしていく。


 そうして、Hが完全にピンク色に染まり切ったとき。

 たらりと、空から下がってきたものがあった。ありていにいえば口蓋垂、のどちんこにそっくりな形をしていた。ただし、その先端はHを覆いつくすほどに大きい。

 アリたちが散り散りになると、がら空きになったHに、先端が着地。文字ごとあの肉団子たちを覆い隠していく。

 やがて先端が離れたとき、肉団子たちはおろかHの字の痕跡も残っておらず、またアリたちも完全にいなくなっていたんだ。

 公園へ引き返しても、アリたちはおろか巣の姿すらも、そこには残っていなかったらしい。

 あのアリたちは、あの先端を受け入れるあのときのためだけに存在したんじゃないかと、弟は思っているようだよ。

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