イエサカ・シェアド
「イエサカ・シェアド」という妖怪を、つぶらやくんは聞いたことがあるだろうか。
妖怪は歴史的に、鬼や神話のやまたのおろちなどなど異様な風体を持つことがほとんど。人の力ではとうていおさめきれない、災害などに仮の姿をあたえたものとされる説がある。
古いもののイメージはあれど、現代でもコントロールできないものが現れるたび、妖怪もひっそり生まれているのではないかと思っている。実際、創作でもあやかしを扱うジャンルは古今東西、一定の人気を集めているからな。
そしてこのイエサカ・シェアドはおそらく、新しめの妖怪のひとつだ。私も話を聞いたのは最近のことだからね。
つぶらやくんも、よかったら聞いてみないかい?
不審者に気を付けるように。
地域で犯罪が起こると、たいていの学校で先生方が呼びかけることだろう。集団下校をうながし、無用の外出を避けるように指示され、帰宅そのものも早い時間に行うことが望まれる。
私のいとこもまた、このような注意を受けてね。帰りの会が終わるや、クラスの友達と一緒に真っすぐ家へ向かったのだという。
しかし友達と別れて、いざ家の前まで来てみると、門扉の前にうずくまっている人がいる。
くたびれたベレー帽と背広姿にスラックス。いずれも青や緑の寒色系で整えられた姿は、ただでさえ丸まっている姿勢をより小さいものへ見せてくる。
顔はうつむいているが、そのもみあげの毛には白いものがふんだんに混じっていた。少なくとも知っている人ではない。
嫌だなあ、といとこはしばらく近くをぶらつく。
「失礼」と、その人の前なり後ろなりを通って、家へ入っていくのははばかられた。
そのかっこうは不審者足るに十分。その相手に自分の家を教えるような真似はしたくない。いとこはしばらく、自分のよく知るルートをぐるりとまわり、改めて戻ってきたのだけど、家が見えるところまできて目を丸くする。
いるかいないかでいえば、いた。ただし、先ほどの人じゃない。
子供だ。
くたびれた野球帽とポロシャツにハーフパンツ。いずれも黄色やだいだい色の暖色系で整えられた姿は、子供ながらの矮躯を思ったより大きく見せている心地がした。
背格好は似ても似つかないのに、居座っている場所は先ほどの男性と同じところ。男性はどこに消えたのか、この子はどこからやってきたのか。過程がさっぱり分からず、結果だけがうずくまっている。
子供はやはり動かないまま、道路側へじっと顔をうつむけている。アリの行列などを観察するときに近いスタイルだが、そのようなものはない。
相手が子供であれば、まだいくらかくみしやすい……と、今度はそろりそろりと近づいていったいとこだけども、いざその子の手前1メートルくらいまで行って、足を止めた。
この子、一歩もどこうとしないばかりか、身じろぎひとつしなかったんだ。
数歩手前でわざとらしく音を立てて、アスファルトに潜む石たちを転がしたのに、まるで反応なし。しかもそのうちの石のひとつが、うずくまり続ける子供の履いた靴へぶつかってしまい、ビビり散らかすいとこに対して不動の構え。
――こいつ、絶対やばいって。おかしいって。
そう思うや、両足が不意にピリピリとしびれを訴えてくる。
長いこと正座して、ようやく立ち上がったばかりのときの、あの感覚だ。程度はみるみるひどくなり、もう顔をしかめたいレベルにまでなってきた。
このままじゃ、こいつと同じようにこの場でうずくまるよりなくなる……と、いとこは夢中で逃げ出したらしい。家が見えないところまで来ると、不思議としびれはピタリとおさまったのだとか。
これじゃ、家に入ることができない。
ならばと、防犯用に持っている携帯電話を取り出すも、電波は立っているのになぜか家の電話に関しては「おかけになった電話番号は現在……」という不通の文言が流れてくる。
試しに、携帯電話を持っている母親に連絡をとってみる。ほどなくして出た母親たるおばさんは、ちょうど買い物から帰る途中とのことだった。
これこれ、こうだといとこが話したとき、おばさんが話してくれたのが「イエサカ・シェアド」の存在だったのだとか。
「イエサカ・シェアドは、電話が普及し出したころから、ひっそりと存在を知られていた妖怪でねえ。一説によると電話に使われる電気信号を味わうのを楽しんでいるといわれているよ」
電話線の電気信号。そして携帯電話の電波。それらを味わう機会が増えたからこそ「イエサカ・シェアド」を見る機会が増えたのだとか。
長い間を存在した彼らは、通話や機械の機能を乱すことなく、味わうすべに熟達した存在。それは電気信号のかたまりにもたとえられ、ヘタに近づいたものの電気信号を狂わせる。
人もまた、あらゆる身体の動きに電気を用いている身。うかつにイエサカ・シェアドに近づけば身体に変調が起こる。
いとこの感じたしびれなど、まだかわいいほうで、ひどければ手足のけいれんから心臓麻痺まで、立ちどころに致命傷を負う恐れもあるとか。
対策を尋ねたところ、おばさんは近くの公衆電話までいって、改めて家の電話へかけろとのことだった。
電話ボックスの位置は把握している。いとこは少し離れた公衆電話の元へ行き、自宅へ電話をかけたのだそうだ。
しばらくすると、何度か呼び出し音が響いたのち、留守番電話へ接続される。いつも通りの挙動だった。それからあらためて携帯電話で家へ掛けてみると、今度は普通に留守電へつながる。
これらを確かめたあと、家の前まで戻るとあの子供の姿はなく、ましてや男性もいなかったのだとか。
無事、イエサカ・シェアドをしりぞけたいとこが後でおばさんに尋ねると、公衆電話が災害時の優先電話であることが要因とされているらしい。
言葉の通じぬイエサカ・シェアドは、そのぶん発信にも敏感で、公衆電話からきたものは緊急時の連絡やもと悟り、遠慮していくのだろうと教えてくれたとか。




