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きれい遊び

 こーらさんは、「きれい遊び」という遊びを知っていますか?

 文字通り、自分の身をきれいにすることが肝要な遊びらしいんですけどね、これらに「遊び」をくっつけることあたり、いささか軽い印象があると思いませんか?

 身を清めるということは、重大な儀式に臨むうえで大事な工程のひとつ。それを遊びにしてしまうのは、個人的に不謹慎さがぬぐえませんでした。


 しかし儀式が長い年月受け継がれたものなら、遊びもまた長く受け継がれたもの。

 存在すら忘れられて久しいものもあるだろう中で、こうして伝わってきたということは「遊び」にも侮れない重さがあるのではないか、と思うようになってきたんです。

 かの「きれい遊び」も友達から聞いた話なんですが、これがまた妙なものでして。こーらさんも耳に入れてみませんか?


 友達のクラスメートの一人に、自称身ぎれい好きという女の子がいたそうなんです。

 いつも消臭スプレーのたぐいらしきものを持ち歩いて、ことあるごとに吹きかけていたとか。

「らしき」というのは、スプレー缶が柄やラベルなどが一切ない真っ白な外見をしていて、詳細がつかめなかったからですね。

 それでもスプレーから噴出されるものからは、トイレの消臭に使われるものとよく似た、フローラルな香りがしたそうです。嗅いでいて気分が悪くなることもないし、その子のやりたいようにやればいいか、と当初は軽く見ていたのですが。


 次第に彼女の使う薬、匂いが強まっている気がしてきたのだとか。

 そばへ寄ると、ほぼ実感できます。つい顔をしかめたくなるほど、はっきりと感じてしまうそうなんです。

 友達がたまりかねて問いただしたところ、先に話した「きれい遊び」の名前が出てきたのだとか。


「この場にいる誰よりもきれいでありたい……そう考えるの、どこかおかしいことがあるかしら。これは他者と競い合う遊び。遊ぶ以上は持てる力で勝ちに行きたいの」


 どうも、身ぎれいでいるというのは、彼女の身体そのものこそが大事と見えました。

 実際、彼女の履いている上履きはみんなと甲乙つけがたい汚れようで、そこだけ目を向けたなら「きれい好き」などとはとても呼べない様子。大事なのは、そこより上の部分なのだと友達は悟ったそうです。

 妙な病気に浮かされるのも、この歳ごろならあることかしら……などと、のんきに構えていられたのも、数日の間だけでした。


 体育の時間に、彼女がちょっと顔に擦り傷をこさえてしまったみたいなんです。

 小石がかすめた程度ですが、血も少し出ちゃいまして。珍しくうろたえる彼女は、すぐさま水道場へと駆け寄って、汚れを洗い流した後にばんそうこうを貼り付けたんです。

 その直後に、空の花火があがる音がして、思わず友達やみんなは手を止めてしまいました。

 いまどき、あまりないことだなと思いましたし、これらは何かしらの催し物が行われるか否かを、朝早くに伝える役目を持つものと考えていたようですから。

 それがこうも、昼時に使われるとはめずらしい、といった具合に。


 手を止めたのも、それほど長い時間じゃありません。すぐ各々の運動へ戻っていったんですが、友達はふと視界の端に例の彼女を認めます。

 先ほどまで悠然と傷の処置をしていた彼女が、慌てた様子であの真っ白いスプレー缶の中身を身体へ吹き付け出していたのですから。

 そして、友達は見逃しませんでした。

 彼女が貼ったばかりのばんそうこうの上からも、例のスプレーを吹き付けたのを。

 すると、ばんそうこうはひとりでにはがれ落ち、その下からはかすかな傷も浮かんでいない、元通りの肌がのぞいたのを。


 思わず目をぱちくりさせたところで、彼女がひょいとこちらを見やりました。

 すぐに視線をそらした友達ですが、にわかに左眼へ痛みが走って、ついつむってしまいます。

 まぶたの内側で、しきりにゴロゴロするのは石が入り込んだときと似ていて、目をこすりたくなる衝動に駆られます。でもそれは、眼球を傷つける恐れがあること。

 必死にまばたきする友達でしたが、ほどなくその肩をがしっとつかまれてしまいます。

 振り返ると、あの子がいました。何メートルも離れた水道場にいたあの子が、この間に距離を詰めてきたのです。


「今の、聞こえた?」


 友達以外のみんなも気づいたことです。なぜそれを友達個人にあらためて問い詰めてくるのかといえば、あのばんそうこうがはがれて、傷が治っている瞬間を見てしまったがためでしょう。

 友達がこくん、こくんとようやくうなずくと「午後は特に、気を散らさないで集中して」とのたまってきたのだとか。

 この体育は午前中最後のコマ。ほどなくお昼の時間がやってきて、5コマ目6コマ目が待ち受けます。

 いったい何が気を散らしてくるのだろう。

 その疑問は、午後の授業が始まってからすぐにわかりました。


 午後の最初のコマは数学。昼ご飯でお腹がふくれた頃合いということもあり、眠気誘発時間として睡眠不足解消に動く子もいました。

 友達は好きな科目ということもあり、集中するのは難しくありません。普段であれば。

 しかし今日は、授業がはじまってほどなく。教室前廊下をばたばたと子供が走る音が、たびたび聞こえてくるのです。

 廊下側の列に座ることもあり、音はよく聞こえるのですが、その割に床や壁を通しての揺れをまったく感じなかったそうです。耳で判断するだけでもかなりの大人数いるというのに。

 そしてこのことに、授業をする先生や他の生徒たちは気づいている素振りがなかったのです。あの子をのぞいてはですね。

 さほど寒い日でもないのに、ガチガチに緊張して震えの止まらない彼女は、先生が板書しようと背中を向けるたび、あのスプレーを主に顔へ吹き付けていました。

 これほどの頻度で中身を肌へ浴びせることは、これまでにありません。それも友達の見間違いでなければ、ひと吹きで肌の傷を治して、調子をととのえるほどの不可解な中身。ああも短いスパンで受けて大丈夫なのだろうか、と。


 授業が進む間に、外をはしゃぎまわる子供のような音は止みます。

 代わりに今度はコツコツと、硬いヒールをリノリウムへ打ち付けて歩く音が聞こえてきました。

 あの子はますます姿勢を正し、スプレーをかける頻度も緩みません。いまやその肌はクラスにいる誰よりも白くなり、光さえも放たんほどに輝いていたとか。

 しかし、その異状を感じているのもまた、友達だけのように思えました。みんなは彼女の方を見やることがあっても特にリアクションをしないのです。


 ただ、いつも板書とトークで終わる数学の先生にしては珍しく、友達側へ質問をしてきました。そのとき、当てられたのが彼女だったのです。

 彼女自身、頭はいい方だとか。どの科目で当てられてもスラスラ答えるので、先生方もちょっと難しそうな問題は彼女に当てればはかどるだろう……みたいな思考が見え隠れしていたと友達は語ります。

 しかし、今回の彼女はちょっとおっかなびっくり気味。理由は友達にもすぐ感じ取れました。


 動くと、彼女の肌の「白み」がこぼれる。

 立ち上がる動作だけでも、顔から机の上へ白い粉がかすかに落ちていくのです。同時に肌は彼女本来の色味をほんのちょっぴりのぞかせます。

 おそらく早く座ろうと答えをまくしたてる彼女。それに前後し、廊下側からしきりに響いていたヒールらしき音が、ぴたりと止みました。この教室の真ん前で。


 ――見ているんだ。この教室を。


 そう悟るのは難しくありませんでした。たとえドアにはめ込まれたガラス部分から、誰の姿も確認できずとも。


 あの子が答え終わり、やがて6コマ目に移るときにはもう、ヒールの音も子供たちの喧騒も響きはしませんでした。

 代わりに彼女はどっと疲れたらしく、5コマ目のひりつきがウソのようにぐったりして、半分死人のようにくたびれていましたねえ。

 そして翌日。彼女は右ほおに昨日まではなかった大きなシミをこさえていたんです。

 それらはいくらスプレーしても隠すことはできず、彼女は「遊びに負けちゃったペナルティだよ」と苦々しく話していたとか。

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