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闇ん子

 うーん、日の入りが午後5時より前となると、ほんと冬場って感じがするなあ。

 一日の2分の1程度の時間が、暗闇に支配されてしまう。明かりの増えた現代に比べると、昔はだいぶ難儀しただろうなあと考えちゃうな。

 ひょっとしたら夜でなくても、雨の中。いや、曇り空の下であっても、どことなく不安を覚えてしまうこともあったかもしれない。

 光の少なさは、よりどころの少なさへ直結する。見えないものの怖さは、なまじ見える世界を知っているからこそ、恐ろしく感じてしまうもの。

 それがほんの少しのかげりであったとしても、僕たちは気をつけなくてはならないかもしれない。

 僕が友達から聞いた話なんだけど、耳に入れてみないかい?



 まばたきの回数、君は意識したことはあるかい?

 話によると1分間で、我々は20回前後のまばたきをしているのだという。1時間で1200回に達し、10時間起きていれば12000回ほどにたどり着く。

 一回、一回はとてつもない短さではあるが、確かに闇を味わっているわけで。それが重なれば「チリつも」な闇を僕たちは抱えることになるんだ。


 友達の住んでいるあたりだと、一部の人に語られる「闇ん子」というものの存在があるらしいんだ。

 闇ん子は闇の中ならば自由の利く反面、光の中にあっては身動きがまったくできないのだという。そして闇ん子のもたらすものは、そのときどきによってさまざまだ。

 これが自分の都合のよいものなら、そのままその人の幸運となる。しかし都合の悪いものなら不幸に……。

 夜であったなら、どこから湧くかも分からない闇ん子に、己の運命を知らしめられる恐れもあるかもしれない。

 ならば昼であれば、闇ん子に遭うことはないのか? というとそうとも限らない。

 先に挙げたような曇天の下でも条件を満たすおそれはあるし、そもそも万人が持つ可能性というのが、「まばたき」だからだ。

 周囲が光に満ちていようが、闇ん子にはたいした問題にはならない。

 まばたきによって、わずかながら闇が生まれた。

 その事実とすき間だけでも、闇ん子が動くに十分な間となるのだから。


 友達が闇ん子に、もっとも迫られたのは小学校3年生の時だったという。

 学校帰りの信号待ちをしているとき、ふと顔の前を一羽の蛾が横切ったんだ。

 ベージュ色にところどころ黒をまぶしたその矮躯から、はっきりと目に映る茶色い粉が撒かれていく。

 じかに当たった気はしていなかったものの、無性に涙があふれてきて、ぐいっと袖で拭ったとき。

 渡るべき信号、その150メートルほど前方。

 道路の空中に架かる歩道橋の真横にたたずむ、街路樹の枝が唐突に折れたんだ。

 音を立てて歩道へ転がるその表面には、無数の噛み傷が残されている。しかもそれは獣のものというより、人の歯型によく似ていたのだとか。

 それも無数に。


 友達は、それを見てぴんと背筋を伸ばしてしまう。

 以前に聞いていた、闇ん子の近づいてくる前触れ。それとほぼ同じ状況に陥ったのだから。

 とっさに、ぎゅっと両目を見開いて、閉じようとするまぶたに両手の指でつっかえ棒をした。まばたきをしないよう、せめてもの抵抗だ。

 しかし、それは本当に気休めにすぎない。

 誰かが闇を作るとき、それはどれだけか細く、短い間であったとしても闇ん子にとっての道となるのだから。

 あとはそれが、自分の去る道と重ならないよう祈るのみ……。


 目を見開いたまま、後ずさる友達の前方。

 こちらへ向かって、信号待ちをしていたコート姿の男性が、口を手でおさえる大きなくしゃみをする。

 くしゃみの際、目を閉じずにいると眼球が飛び出す恐れがあると聞いたことがあった。それほどまでにくしゃみとは勢いのあるものだとか。

 そしてそれは、大いなる道を闇ん子にあたえる。


 くしゃみの直後、男性のすぐ背後にある街路樹。先ほどのものよりも近場にあるものの枝が同じように落ちる。

 男性も驚いて、すぐ背後を見やり、枝から少し距離を取った。

 まばたきの我慢でやや痛みを覚えつつある友達の双眸も、枝へ同じように歯型がついているのを確かめた。


 ――近づいてきている!


 男性自身へなにもないところを見ると、彼は闇ん子の眼中に入っていないのだろう。

 友達は引き続き、後退を続ける。眼をそらさないでいるのは、どれほどの距離が詰まってくるか、片時も見逃さないようにするためだ。

 闇ん子はどのような速さで迫るか分からないもの。もし、自分が標的だったときに、背を向けたが最期、即座に接触されないとも限らない。

 そうこうしている間に、横断歩道のこちら側。脇から走ってきた子が、盛大にすっころんだ。


 年のころ、幼稚園児くらいだろうか。

 すぐにお母さんらしき女性が、走ってきたものの園児はたちまち声をあげて泣き出してしまう。

 でも、それをいくらも見つめていられるゆとりはない。

 ずるりと、ほんの数秒前に自分が立っていた位置を、横合いから滑り落ちたサーフボードが貫いていった。

 そばの家の車庫におさまっていた車のてっぺんに、くっついていたものらしい。たとえ金具が外れたとしても、こう正確に届くものだろうか……。


 間違いなく、狙われている。

 すでにまばたきせずにいるのも限界と、近くのマンションの入り口へ飛び込んだ友達。

 さいわい、ロックのない自動ドアを抜け、奥まで何歩も入ったところでようやく指を離して存分にまばたきをした。

 けれども、ほどなく。開かないドアの基部へと、建物を一瞬揺らすほどの重量のものがぶつかってきた。

 それは街路樹そのもの。今度は枝ばかりでなく幹そのものが真ん中から折れ、ガラスにひびを入れるほどに倒れこんできたんだ。

 それはガラスの壁なくば友達へ直撃するコースだったとか。


 管理人さんなども出てきて、ひとしきり人が集まって騒ぎになったあと、友達は改めて帰路へつく。

 周囲へ目を配るも、もう闇ん子らしきものの興味は失せたらしく、何事もなく家へ入れたとか。

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