僕のペット成長日記 (ファンタジー/★★)
あれ、こーちゃん、俺のゲームに興味あるの?
ほい、これ。大昔のキャラクター携帯育成ゲーム。リバイバルブームに乗っかった、復刻版なんだってさ。
学校でも流行っていてさあ、プレイしてないと蚊帳の外で、すげえみじめなの。これも共通の話題作りのためってわけさ。
ゲームの中は気楽でいいよな。気に入らない育ち方をしたら、すぐにプチッ、カチッ、デデーンで解決じゃん。
最適解が出るまで粘る、今でいうリセマラってやつ? うちのクラスのトップゲーマーも、リセマラの亡者みたい。
だけど、現実はそうはいかないな。
試合で負けたから、テストで点取れなかったから、大好きな人にフラれたから、プチッ、カチッ、デデーンなんてできないもんね。
リセットも答え合わせもない人生。このペット育成だって、最適解があるのはデータにのっとったお遊びだから。本当にペットを飼っていたら、何が正しいんだろう。
ペットといえば、いとこが妙なことを言ってたっけなあ。こーちゃんが好きそうな話だし、題材になるといいけど。
何年も前のこと。当時、いとこの学校でも携帯育成ゲームが流行っていたんだよ。
いとこはゲーム大嫌い人間でさ。クラスの流行に左右されず、自分を貫いていたんだって。話題で置いていかれても、気にしなかったみたい。
だけど、育てることそのものには興味があった。
誰かの、何かの成長を見守りたいっていう漠然とした欲求が、昔から、いとこの心を掴んで離さなかったらしいよ。
親に何度か相談したけれど、ことごとく反対されだんだって。
面倒くさがりのお前が、別の生き物の面倒など、見られるはずがない、と強くいわれたらしいよ。いとこ自身も、今までの自分を振り返ると、否定できなかったんだって。
そんないとこが、ある日、とうとう出会うことになったんだ。
その子は、本当に無造作にゴミ捨て場に捨てられていた。
俺たちが知っている動物にたとえたら、アザラシからすべての肢を取った姿が、一番近かったらしいよ。
いとこがその子と出会ったのは放課後のこと。
曜日の関係で、翌日のためにダンボールのゴミがたくさん捨てられている。それらに埋もれながら、アザラシらしきものは、声を出さずにバタバタしていた。
つぶらな黒い瞳で、いとこを見つめながら。
サイズは、脇に抱えて運べるくらい。重さも信じられないくらい、軽い。近くには、おあつらえ向きのダンボールたち。
つい、やってしまったみたいなんだよねえ。
ダンボールに詰めて、お持ち帰り。自分の部屋に入るまで、音一つ立てなかった、その生き物。
死んじゃいないだろうか、といとこが中をのぞくと、瞳を閉じて眠っていたみたい。
親に内緒でペット育成。いとこはメラメラ燃えたんだってさ。
図鑑で調べたけれど、この生き物が何かは分からない。だから、最初にこいつは何を食べ物としているのかを、探ろうとしたんだ。
ただ、この生き物。偏食家なのか、いとこが用意した魚、肉、野菜、果物を一切食べようとしないんだ。水だけは少し飲むみたいだけど。排泄も全然しなかったって。
いとこが箱をのぞくと、もぞもぞ動く。けれど、それ以外は物音ひとつ立てない、おとなしさ。親が大々的に掃除をしない限りは、気づきそうにない。
飢え死にだけはしないでくれよ、と願いながら、いとこのペット育成の毎日が始まったんだ。
学校では相変わらず、バーチャルな育成が流行っていたけど、いとこは内心で彼らを疎ましく思い始めたみたい。誰も知らないペットを、実際に育てている自分が、特別な存在だとうぬぼれていたって言っていたよ。
いとこが奇妙なペットを飼い始めて、一カ月。ちょっとおかしなことがあったんだ。
いとこの定期試験の順位が上がっていた。それだけなら、喜ばしいことなんだけど、これは点数がアップしたからじゃない。
みんなの点数が、軒並み下がったからなんだ。いとこの手ごたえからしても、前回からさほど難易度が高いわけでもないのに。
聞きなれない、親のほめ言葉に戸惑いを感じながら、いとこは日課となっている、ペットの観察に向かったんだ。
水しか飲んでいないにも関わらず。この一カ月でペットの身体は、一回り大きくなっていた。
小さいながらも五本指を持つ手足も生えて、アザラシらしくなってきたらしいよ。
更に一カ月。お兄ちゃんのクラスも含めた、全校生徒の集会があった。
全国の学校を対象とした、学力状況調査。その順位がガタ落ちだったんだ。
生徒には一層、勉学に打ち込むことが望まれたけど、堅苦しい話をろくに聞いている人は少なかった。
教室では、授業の合間を縫って、例の育成ゲームのブームが続いていたみたい。
そして、いとこのペット。背中から鳥のような羽が生え始めたんだって。
しばしば、ダンボールには内側から炎で溶かしたかのように、焦げた穴が開いて、そのたびに取り換えていたみたい。
多少手間は増えたけど、相変わらず、水しか欲しがらないし、いとこも嫌がらずに、この生物の面倒を見続けたみたい。
今、振り返ると、なぜこの異状をおかしく思わなかったのか、と不思議そうに言ってたよ。
もう一カ月後。
あの育成ゲーム。一斉に電源が入らなくなったんだ。保証書の電話番号に電話をかけても、つながらない。
業を煮やした有志が、どうにかして電池を交換できないかとゲームを分解したけど、驚きの声をあげた。
電池はおろか、液晶とカバーをのぞけば、中身はハリボテもいいところだったんだって。これではゲームを起動することすらできないのが、素人の目にも明らかだったらしいよ。
その事件が学校を賑わせたけれど、いとこは興味もなく、家路を急いだみたい。
そして、家が見える場所まで来た時。
自分の部屋がある二階の窓を破って、何かが飛び出した。
孔雀のように鮮やかな羽。大きく爪を生やした五本の指を持つ手足。そして、アザラシのようなふくらみを帯びた胴体。
その奇怪な生き物は、口からかすかに赤い炎を吹き出すと、ずっとずっと空高く昇って、やがてはすっかり見えなくなってしまったんだって。




