表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
27/3144

開かずの蔵 (ヒューマンドラマ/★★)

 つぶらやの家ってさ、何か秘密がないか?

 ん、ああ、聞き方が悪かったな。別にお前の家そのものに秘密があることを勘ぐっているわけじゃねえよ。

 ただ、お客様には見せない部屋とか、珍しい物を集めているとか、各家庭ごとの個性ってやつかな。俺、最近、そういう秘密を探ることに興味が出てきているのよ。


 急に言っても、パッとは思いつかねえか。まあ、今度会う時までに、余裕があったら探ってみてくれよ。

 お前の家はどうなのかって? そうだよな。この話の流れじゃ聞きたくなるわな。

 どうせ、自分のことを話したかったんだろ? ははっ、さすがはつぶらや大先生。長い付き合いだけあって、俺の性格を分かっているな。

 普段は仕事で、バカなことができないんだ。お前の前でくらい、存分に知識をひけらかせてもらうぜ。お前も題材を集めているようだから、利害が一致しているのが幸いだな。

 これから話すのは、俺の家にある「開かずの蔵」についてだ。


「開かずの間」が屋内の部屋を指しているなら、「開かずの蔵」は屋外にある。

 俺が住んでいる家は、いくつか「離れ」や「納屋」が残されていてな。「開かずの蔵」もその一つだったらしいんだ。

 残念だが、ある事件があって以来、その蔵は扉が溶接されちまって、中に入ることはできなくなっている。

 今回、話すのは、蔵が封印されるきっかけになった、その事件についての話だ。


 聞いたところ、俺の家っていうのは、江戸時代から場所を移したことがないらしい。

 幸い、戦火に巻かれることもなく、ところどころ補修をしながらも、当初の趣を十分に残しているとは、うちのじいちゃんが話していたことだ。

 そして「開かずの蔵」の伝説も、じいちゃん相手に聞いた話なんだよ。


 元々、俺の家は、この「開かずの蔵」を見張るために作られたらしい。

 ご先祖様が、家の高さもあろうかという、妖怪を退治したという言い伝えがあってな。その時の戦利品を、大事に「開かずの蔵」の中にしまい込んでいるんだってよ。

 そんで、ご先祖様はこんな風に言い残したらしい。


「いずれこの世に、人の手に余る大きな災いがあった時のみ、この蔵を開け。それより他のいかなる時も、この蔵の戸を開くことはまかりならん。ただ、すぐに開けることができるように、戸は錠前のみを用い、完全に閉じ込めてはならぬ」


 よほど、世界のためになる宝が入っているものだと、ご先祖様たちは信じて暮らしていたんだろうな。

 あるいは誇りに、あるいは支えに、あるいは疑惑の塊にして。


 そして、開国が迫る江戸幕府末期。

 ご先祖様の中で、飛びきりの落ちこぼれがいたんだ。武家の者だというのに、学問も武術もからっきし。毎日毎日、家の金を食いつぶして、放蕩三昧だったらしいぜ。

 何人かいる兄弟の末っ子だから、いっそ勘当にしてしまおうか、という話も出てきた。それでも家に居続けることができたのは、ひとえに実母の嘆願があったからだという。

 だが、父親は武家の誇りを重んじる人物だった。目に余る息子の行いに、とうとう条件付きでの放逐を認めさせた。

 現在通っている、学問所。武芸でも学問でも良い。上位三番以内で修了すること。それができない場合は、卒業と同時に勘当を申し渡す。


 今までの彼の成績は、下から数えた方が早かった。残された期間も少ない。

 死ぬ気で励むか、あるいは奇跡でも起こらない限り、彼の不本意な独り立ちは確約されていた。

 だが、彼はバカだったのか、あるいは大物だったのか。約束の期限の一カ月前まで遊びほうけていたらしい。期待をかけていた、数少ない他の家族や使用人たちからも見放され、味方は実母一人という有様。

 しかし、どうやら彼には策があったみたいなんだ。

「開かずの蔵」に頼る。という策がな。


 とある日の丑三つ時。

 家中に響き渡るような、大きな悲鳴があがった。

 たちまちのうちに明かりに火が入れられ、みんなが起き出したんだ。

 あの悲鳴は、例の末っ子のもの。朝帰りの常習犯だったから、どうせ今日もそうなんだろうと、実母をのぞく誰も心配をせずに寝入っていたんだ。

 家中を探し回った末、使用人の一人があるものを見つけて、みんなを呼び寄せたんだ。


「開かずの蔵」の和錠。これが壊されていた。

 言い伝えに従い、用意された錠前は簡素なもの。やすりなどを使えば、時間はかかっても音を立てずに外せるものだったらしい。

 そして、中に踏み込んだ家族たちがみたもの。

 それは、埃だけがたまった、空っぽの蔵の中で、その埃をうまそうに頬張っている、彼の姿だったんだ。

 おかしくなったか、と家族が蔵から引きずり出そうとするが、彼は頑強に抵抗する。


「どうして俺から取ろうとするんだ。これ以上の幸せはない。お前たちには絶対にやらないぞ!」


 彼はひたすらにわめき続け、埃を咀嚼そしゃくしていたらしいぜ。

 紛れもなく一家の恥部となった彼は、棒で無理やり気絶させられ、座敷牢に閉じ込められて一生を終えたとのことだ。


 あの蔵の中に何が入っていたのかは、想像してみるしかない。

 ただ、うちの爺さんが言っていたよ。

 あの蔵の中には、きっと、あふれんばかりの「幸せ」が入っていたんだ。それこそ、世界中の人々に分け与えられるくらいの。

 それを彼が一身に浴びてしまい、埃を食べることにすら、幸せを感じられるようになってしまったのだろうってな。


 さっきも言った通り、その蔵は封印されながらも、残っている。

 もう俺たちが自分から開けることはない。蔵はずっとそのままだろう。

 いつか、世界が必要としてくれる、その時まで。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ