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霧の向こう (ファンタジー/★)

 よう、兄さん、盛り上がってるか?

 この時期、ここにやってくるなんて、よっぽどマイナーな祭りが好きなんか? 

 気の向くままに赴いたら、ここにいた? そりゃそりゃ、神様に感謝だな。

 八月の初めに開かれるこの祭りは、神様へのお詫びと感謝も兼ねているとの話だ。

 昔に比べて、開発が進み、自然は大いに傷んだ。そこの力を借用させてもらっていることの自覚を持ってもらうために、毎年行っているんだ。

 おっ、お神酒の樽開けが始まったな。兄さん、酒は飲めるか? あの酒には、この辺りの神気が込められているらしい。飲んでいって損はないと思うぜ。


 どうだい、なかなかイケるだろう? 有名どころの「どぶろく祭り」には及ばないが、真剣さなら、ここも負けてはいないつもりだぜ。

 あとは子供の来客がいれば、完璧だったな。兄さんには悪いが、あんたは少し年を食い過ぎている。

 ああ、気を悪くしないでくれ。外から来てくれるというだけでも、この祭りにとっては重大事なんだ。

 ちと、きっかけになった出来事を話そうかね。


 祭りっていうのは、いわば非日常の演出。

 地域ごとに伝わるお約束を守りながら、日々の憂さ晴らしをする。

 お約束ってのは、確実な安心をもたらす。だが、それを破るイレギュラーの存在もまた、人々は期待するもんだ。

 その代表格が「まれびと」の存在。兄さんみたいに、別のところからやってくる人のことだな。

 時期にもよるが、旅人というのは歓迎されることもあれば、敬遠されることもある。


 彼らに期待されていたものは、情報。

 外の噂を聞ける楽しさ。内の情報を持ち出される恐ろしさ。

 どちらが勝るかで、彼らの処遇が決したことも少なくない。

 だが、それはあくまで日常の話。

 祭りのような非日常の世界では、常識は非常識に、非常識は常識となる。一緒にハメを外そうぜって認識だ。

 その空気がまた、新しい非常識を招いてくるんだな。


 いくらか昔。年貢を取り立てる役人がいた頃のこと。

 田畑にかかった重税に、逃げ出した一家がいた。

 別に珍しい話じゃない。土木工事に駆り出された人足も、闇に紛れて去っていく者がたくさんいたんだ。

 その一家の中には、まだ十歳にもならない、男の子がいた。

 いつ追手がかかるとも知れない状況。足を苛む山道を選んだ親たちの足は、幼子を徐々に引き離していく。

 自分の面倒は自分で見ろ。それは出発前に、一家が確認したこと。

 力を貸すために、立ち止まってはならない。声を出すなどもってのほか。共倒れを避けるため、夜が去るまで走り続けよ。


 その子は言われたことを忠実に守ったが、石につまずいてしまったんだ。痛みを耐えて起き上がった時には、家族の姿はもう見えなかった。

 泣きたいのをこらえ、その子は歩く。

 まだ夜は明けない。

 今、泣いたら、夜の闇から、自分の最期を告げる存在が、現れるかもしれなかった。


 だが、不幸はしつこくその子につきまとってくる。

 濃い霧が出始めたんだ。

 意志でもあるかのような早さで広がる霧は、あっという間に、その子を大いなる腕で抱きしめてしまった。

 山で霧に巻かれた時は、上を目指せ、と子供は父から聞いている。下手にくだったら、崖に気づかずに転げ落ちるかもしれないから、とのこと。


 彼は痛む身体に鞭うって、山道を登り始めたんだ。

 するとな、不思議と霧が薄くなっていったっていうんだ。

 霧は上から下に流れるはずだから、逆に濃くなりそうなものなんだけどな。

 それと、聞きなれない音楽が、響いてきたんだそうだ。

 一歩一歩踏み出すたびに、より鮮明に。

 けれど、父親の言いつけを守っていた彼は、愚直に音がする方向へと進んでいったらしい。


 霧の向こうは祭りだった。だが、その子はすぐに異様さに気づいたらしい。

 火を焚くわけでもなく、昼間のように明るい。

 その光は、中空に浮かぶ、いくつもの玉から発せられていた。鬼火、と悟った彼は、これが「もののけ」たちの祭典だと認識したんだ。


 ここにいては、連れ去られるかもしれない。

 そう感じた彼は、逃げ出そうとしたが、不意にお腹が鳴り、のどの渇きを覚えたらしい。今までの強行軍で、体が疲れていたんだ。

 見たところ、ここは神社の境内のようだった。いくつも出店があって、しきりに人らしきものが往来している。

 笛の吹き手や太鼓の叩き手もいないのに、どこからともなく祭囃子が聞こえてきて、なんとも不気味だったらしい。


 その子は迷ったあげく、祭りの中心から外れて、木の下にたたずむ子供らしきものに声をかけた。

 見たこともない、鮮やかな浅葱色の浴衣を身につけた少女。

「何か食べ物を分けてくれないか」と申し出ると、少女は驚きながらも、持っていた袋の中から一つ、丸い菓子を分けてくれたらしい。

 不思議な味だった。表面は米を伸ばしたようなもので覆われていながら、中身はとろけるように甘い。

 初めての食感に、頬張った口が止まらなかった。


 しかし、同時に彼は恐ろしい想像に至る。

 黄泉の国のものを食べたものは黄泉の国で暮らさねばならない決まり。「ヨモツヘグイ」というやつだな。

 彼は、自分が帰れなくなるのではないか、ていう不安に駆られた。お礼もそこそこに、彼は少女に背を向けて、逃げ出したんだ。

 境内から離れていくと、またあの得体の知れない霧。

 彼もこの好機を逃がすまいと、自分から勢いよく飛び込んでいったらしい。


 霧を抜けると、そこは山のふもと。いつの間にか夜が明けていて、彼の前方には家族の姿があった。

 家族も必死で走っていたために、彼が離れたことに気づいておらず、素直に再会を喜んでくれたらしい。

 そして、一家は新しい生活を迎える。

 彼は、あの夜の不思議な体験を、自分の子供たちに伝えていったらしい。おかげで、今も話が残っているわけだな。


 やがて、近代化の波、戦争の時代を経て、彼らが住んでいたころの自然の面影はなくなっていった。

 畏怖の対象であった闇を、人の光が容赦なく薙ぎ払う時の訪れだ。

 その年の祭りも、渡された綱につけられた、いくつもの電球たちが、夜の囲みの中に聖域を作り出した。

 ラジカセからは、古典的な笛太鼓の音が鳴らされ、非日常の演出を一層助けてくれる。


 そして、お祭りの熱にあてられた一人の女の子が、休もうと思って、大樹の根元でたたずんでいた。大好きな最中もなかの袋を抱えながら。

 しばらく、そうしていて、不意に声を掛けられたらしい。見ると、自分と年が変わらない男の子が、そこにいた。

 少年は、みすぼらしい服に身を包み、全身に傷と泥をつけながら、息を荒げて、女の子に声をかけたそうだ。


「何か食べ物を分けてくれないか」と。



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