紅並木
へ〜、早いな。まだ午後5時だってのに、外が真っ暗だ。
毎年、経験していることなのに、毎度毎度驚いてしまうとは、こいつもまたお約束というやつなのかな。人間の感覚として。
一年がくるたび、そのときどきで「お約束」な景色、自然の営みが繰り返されていく。
あたかも人体の仕組みがそうであるように、いつも通り過ごせていることに、あらためて歓心を得る。そうした機能も、我々の遺伝子に安全確認の一部としてそなわっているかもしれないね。
そのぶん、何かしらおかしいことがあれば、すぐに気づくことができる。
いつも通りかどうかは、まわりへ目を光らせてなきゃ分からない。だからこそ、外へ出ろとか、いろいろ見ろとか言われているんだろうな。
私自身も、昔に注意を促された不思議な体験があってね。その時のこと、聞いてみないかい?
最初に聞いたのは、子供会のソフトボールに参加していたときだったか。
大会後の打ち上げがお開きになる際、コーチが少し妙なことを話してくれたんだ。
「『紅並木』を通る奴は、ちゃんと道の端から端まで木の本数が14本あるのを確かめとけよ」と。
紅並木は通学路の一部にもなっている、一地点の呼称。
秋ごろを迎えると、真っ赤に紅葉したカエデの木々が、アーチのように通りかかる人の頭上を覆う。その様子から、名づけられたのだとか。
私たちも普段からよく通る道だし、何をあらたまってこのようなことを言い出すのだろうと、首をかしげはしたさ。
しかし、当時の年ごろとしては大人のいうことはちゃんと聞くべし、といった感じで。律義に紅並木へ足を運んでいたんだよ。
出口と入口に車止めを設けられた、大きな遊歩道がこの紅並木。
私たちの地元にある二つの橋の間に横たわるこの数百メートルほどの道を歩きながら、私たちは脇に立つカエデの木を数えていく。
ちょうど、空も暗くなりかけの時間帯。歩く私たちの足下も、散ったカエデたちに埋め尽くされていて、一歩ごとに湿り気を帯びたかさつきをささやいてくる。
一本、二本……。
数十メートルおきに生えているそれらを、私たちは数えていく。帰り道を同じくする友達が数人いて、みんな同じようにカウントはしていた。あえて声には出さなかったけれど。
けれども、その紅並木を越えており、友達の何人かがいうんだ。
『15本、木がなかったか?』とね。
私はきっちり14本を数えたつもりだったから、首をかしげたよ。もっとも、ポジションは集団の先頭。後ろからついてきたみんなの様子を、きっちり確かめたわけじゃなかったが。
数え間違いだろう、との指摘にも、今度はみんなの方が納得いかない様子。こうなると「ま、いいか」と引っ込みがつかない子供心で、紅並木をUターンする私たち。
いかな数え損ねもしないようにと、私は自らの目と耳に神経を凝らしていく。
また一本、二本……。
かつかつと、足元のアスファルトに混じる小石を、私の靴が蹴散らしていく音がする。今のところ、ちゃんと数えられてはいるが……。
――いや、待てよ。
七本目を数えたあたりで、ふと私は思った。
道は、これほどまでに整っていただろうか、と。
行きに数えた時には、それこそ一歩のたびにカエデの落ち葉が音を立てていたはずだ。
それが、戻りの今はほとんどない。皆無、というほどじゃないが、こうして道路の石を転がす機会の方が増えている。
ここまで、風はさして増えていない。私たちの誰かが踏むたびに蹴散らしていたにしても、そのような気配はなかったし、そもそも子供数人程度で掃ききれるほどの量じゃなかった。
それが、どうしてこうも短い時間で消えてしまったのか?
私は足を止めるや、みんなにそのことを伝えたよ。みんなも気づいているようだった。
それでもカエデの木のカウントは継続していく。すでに夜中と大差ない暗さの中で歩を進める私たちの足に、葉の気配は絶えてしまって久しかった。
十一本目……十二本目……。
いよいよ終わりが見えてくる並木だったが、ふと最後尾にいる友達が驚きの声をあげる。
振り返ると、彼が先ほど通ってきた木たちの中ほどを指さしていたよ。
みんなして、そちらを見やり、すぐに分かった。
ほんの一瞬ではあったが、立ち並んでいた木たちの一本。友達の指にあったものが軽く身体をゆすったかと思うと、すとんと「下へ落ちてしまったんだ」。
地面がそこにあるとは思えないほど、その潜りっぷりは落ちるとしかたとえられないほど、すんなりしたものだったよ。
現場へ急行する私たち。
そこには、ちょうど木が潜り込めるほどの大きさの穴が開いていたが、底はすでにあたりの土が滑り込んできたのか。私たちの足下さえも隠せないほどの浅さしか残っていなかった。
穴掘りのための道具はない。あの影の正体を追及する手段を私たちはもたない。
手をこまねく私たちに返事するかのように、今度は遊歩道側が音をはっきりと立てた。
影こそ見えないが、それは行きの私たちがしたように、道路へ落ちたカエデの葉をいじくるかのごとき音。
そう長くは続かず、あたりにはまた静けさが戻った。
おそるおそる戻ってみた私たちの足に、もはやカエデの葉が再び触れることはなかった。葉はすっかり消え去っていたんだ。
そして今度こそ、紅並木の本数は誰が数えても14本だったのだとか。
コーチはその日以来、用事などが重なって結局会えずじまいであり、詳しい事情は分からなかった。
ただあの体験は私たちの中で、様々な憶測を立てながら息づいているんだよ。




