雨と馬
へえ、カワウソの赤ちゃんたちかあ。いっぺんに4匹も生まれるとは、お母さんも元気そうで何よりだ。
我々も父母がいて、この世に生を受けることができているが、元はというと命は海より出でたものだという。
地球も我々の生きる陸地は、全体の3割ほどしかなく残りは海。「水の惑星」の名は伊達ではないだろう。
その中に住む生き物もまた多く。海そのものも、いまだ私たちが解き明かしていない部分がたくさん存在しているらしい。
宇宙の果てにロマンを感じるのもやまやまだが、自らのいる星のことも知っておいて、損はない。いや、知っておくべきだと思うんだよ。
いかに外国語が求められる世の中とはいえ、母国語を満足に知らないようでは……て、感じ? まだまだこの地球上、解明できていないことが多いもんねえ。
オカルトもまたしかり。こちらは海と違って、どこに横たわっているか分からないし、私も思わぬときに体験したことがあるよ。
その時の話、聞いてみないかい?
あれは、やたらと雨が降る日のことだったか。
朝起きてから帰るときまで、雨はいささかも勢いを緩ませることなく、学生時代の私はどこか悶々とした心持ちでいた。
傘一本を余計に持つだけでも、寄り道をする気が大幅に削られる。重たい身体はおのずと、その歩みすらも鈍らせてしまうもの。
とっとと、家へ帰りたいと思っていた。冷えやすい性分だし、たっぷりと湯に浸からなくてはやっていられない。
そう思いながら、家までの道を急いでいたんだ。
車通りの少ない道を選んで進んでいた私。その間も、ビニール傘をたたく雨粒たちは、いささかも手心を加えてくれず。柄を握る私の手を何度も揺らしてくる。
一歩踏みたび水が跳ね、斜めに降り落ちる粒たちがもたらす悪い視界の中で、ふと私は見た。
私の通る道は田んぼの中を斜めに突っ切る水道を通した道なのだが、田んぼの一角に、木々に覆われた大きめの柄が残っている。
話によると、ときのお偉いさんが行列を組んでここを通った際に、乗っていた馬が急病で倒れてしまい、そのまま亡くなってしまったことがあったらしい。
その際のあぶみを埋めた塚なのだというのだが、特に詳細が刻まれた石があるでもなく、土が盛られているのみなんだけどね。現代を生きる命としては、言い伝えを信じるよりない。
その塚よりの道路の端に、たたずむ子が一人いた。
背丈として、小学校低学年くらいの子だ。真っ黒いカッパを身に着けて、うつむいたまま動かない。その横顔からは黒い髪がひと房垂れ下がっている。
誰かを待っている、にしてはあまりにおとなしすぎるな、と私は思ったよ。
普通、雨に打たれながら待つなど、せいぜい屋根のないバス停でバスを相手にするくらいだろう。
人を待つなら、少なくとも雨風を防げるどこかを選ぶはずだ。それこそ、そこの塚まわりのような。
この開けた場所だと、あそこに茂る木々もまた雨をしのぐにはありがたい場所だろうに。
この道、外れるとそこはいずれも田畑だ。
すでに子供との距離は何十歩もないだろう。ここであからさまに道を外すのは、向こうにも失礼じゃないかと、私はふと思ったよ。自分が似たようなことをやられて、内心「むっ」とした経験あるしね。
何食わぬ顔して、前を通ろうと思った。
私の立てる水音は、すでに耳へ入っているはずだ。けれども、その子は一向に反応する様子も見せず、動きのないままたたずみ続けている。
――まあ、わざわざこちらを見るとかも、失礼に取られかねない時世だしな。
私はそのまますっと、子供の前を通りすぎていったつもりだったんだが。
ぱしっと、持っていた傘を横合いから叩かれたような気がした。
風じゃない。露先を下から跳ね上げるような勢いで、アッパーされたんだ。
不意打ちに、思わず傘を手放しそうになる。おおいに傾いた小間は私の身体を大きく外れ、頭から肩まで、瞬時にずぶ濡れになった。
タイミングからして、この子がやったのだろうと思ったが、そういぶかしがるゆとりも、ほんのわずかな間だけ。
自分の両肩へ、にわかに重りをくくりつけられたような心地がした。
これまた不意をつかれて、ひざをつきかける私。それでも見上げようとする先に、先ほどの黒づくめの子の姿はなかった。
あの塚まわり以外に、隠れられるような場所はない。その塚まわりさえ、ここから数十メートルはある。一瞬で移動できる距離じゃない。
足に手をつき、身体を起こす。
傘をあらためて構えたものの、こののしかかる重みはいまだ取れずにいた。
痛みはないのに、ただひたすら重い。上半身のみならず、下半身さえ耐えかねて歩みを鈍らせてしまうほどだ。
降りしきる雨の中、急ぎたい気持ちと、ついてこない身体。
そこをどうにかこらえて歩いていく私だが、途中で何度も目をこすってしまう。
まるで、重ねて録画したビデオテープのようだった。
本来はパターンを変化させて消え去るはずの前の録画が、今の録画に何度も重なってくるあの光景だ。
見慣れた帰り道へ、ノイズが生ずるように重なるのは、濁流だ。
塚も田んぼもすべてを覆い隠し、私以外のすべてが茶色く波打つ大河へ身を変える。
とぎれとぎれに、ほんの一瞬ずつだ。幻覚でも見ているのかと、目をこすり続けた私だが、そのうち大河を成しているものが何かに気づいて、思わず固まりそうになったよ。
道の終わり際、またも現れた河へたたずむ私の前で、河の中から首を大きくあげたものがある。
馬だ。テレビ越しにしか見たことはなかったし、いななきのひとつもないが、あの横顔は間違いない。
この茶色い濁流。よくよく見てみれば、無数の毛並みだったんだ。絶妙な波うちと肌ざわりが、こいつを水と錯覚させていたんだ。
私は無数の馬に、身体を洗われていた。
そう思い至って立ち尽くす私だったが、もうあの馬たちは二度と姿を見せなかったよ。
ただ翌日。学校へ通う中で、ちょっぴり生徒たちの間でうわさになったことがある。
あの塚のまわりだが、無数の馬の足跡が見つかったというんだ。
田畑の柔らかい土の上ならば、少しいじればすぐに消えてなくなってしまうと思うだろう?
けれども、そのひづめの跡ばかりがなぜか石のように固まってしまってね。けずり出すことも容易じゃなかったと聞くんだよ。
あの子と私、そして雨。
あれが大河のごとき馬たちを呼び起こすきっかけだったのだろうかね?




