奇跡は明日を待っている
むうう……またこんなところに、いつの間にかかさぶたが……。
けっこう、気づかない間にケガしててさ。それが勝手に治りかけてるってパターン、君にはない?
どんなタイミングで、脳が油断をつかれたか分からないけれど、これは結構危ないパターンじゃないか?
これが虫刺され程度ならまだいいけど、べろりと皮がはがれて肉とか骨とか見えている状態だったらまずいっしょ? 虫刺され事態も、個人と虫の組み合わせによってはやばいかもしれないけど……。
原因の分からないケガ。これを見ると、最近いとこから聞いた話をふと思い出すよ。
もしかすると、どこかでこれの追及が行われているんじゃないか、とね。
その話、耳へ入れてみないかい?
いとこの住んでいる地域だと、月イチの頻度で「ヒトガタ」を作るように言われるのだという。
詳しい作り方は伏せられてしまったが、何でも紙人形の作成にくわえて、その一か月で切った、自分の身体の爪を用いるのだそうだ。
手足の爪を切ったら、小さいビンの中に一か月分蓄えておく。そして月の末日に至るまでのラスト一週間で、かのヒトガタへ自分の爪を詰め込むのだそうだ。
一か月間、保管され続けた古いヒトガタは、そのときをもってお役御免になり、廃棄処分となるらしい。
紙人形を用いたヒトガタは、多く身代わりの意味合いを持つ。
いとこの地元でも似たような要素はあるんだが、もうひとつ異なる意味合いがあるんだ。
ドナー、すなわち臓器提供者に似たような意味合い。
住まう地域に大きな不都合があれば、皆で少しずつを出し合い、生まれた穴を補うべし。
それは早急をよしとせず、一日をかけてじっくり集められるものなり。
チリも積もればなんとやらであり、ときに奇跡とも思える力を発揮することもあるらしい。その力を、紙人形を通じて結集させるのだと。
それはいとこが、友達と下校する途中のことだった。
いつも使うバス通りの道路の先で、にわかにブレーキを踏む音が響き渡る。
聞こえ具合からして、それなりに遠くの地点。興味はあれど、そこまで足を速めずにいたいとこたちが目にしたのは、異様にへこんだ歩道沿いのガードレール。さらには、そのすき間を縫って立つ、小さな松の木が半ばからちぎれかけているという有様だった。
車のような大質量のものがぶつかったのは想像に難くないが、肝心の車らしき影が見当たらない。
響いたブレーキ音からして、摩擦によるタイヤの跡。衝突した際にはげた塗料や、ライトを覆うガラスの破片など、事故にありがちな痕が見つからないんだ。
車どおりも少ないし、誰に見られるより前に首尾よくこの場を逃げ出したのだろうか。いとこたちはいぶかしく思いながらも、いまや大きく傾いでしまった松を見やる。
「く」の字を越えて、クレッシェンドといえばいいか。
根っこと上部が、よくくっついたままでいられると思うほどの、幹のへこみようだった。
てっぺんはというと、歩道へゆうにせり出して通せんぼのかまえ。
めっきりへこんだ幹は、起伏のムラを許さないとばかりに、樹皮を大いにはがしながら、一様にへこまされている。
「ひどいことするなあ」と思っても、子供の力でなんとかできるわけもなく。
横たわりかける松の上部をそうっとかわして、そのまま家路についたわけなんだが。
家に戻ってから、祖母が何やらヒトガタを床の間に並べている。
普段は家の物置の中へしまわれているそれが顔見せされるのは、いとこの記憶の中で、いまだなかったことだった。
家族全員分のヒトガタは、よくよく見ると床に接する足元のあたりが、どれも薄い紫色に汚れている。
「これは、『奇跡』が待っているね」
のぞきこんできたいとこに、祖母はそう話してくれていた。
何かが奇跡を欲したがために、ヒトガタがそれに反応して受け入れ、捧ぐ準備を始めている。これが見られたということは、この世のことわりにあらざることが、翌日を迎えたときに起こるだろう、とのことだった。
いとこはすぐ、帰り際に見た松の木を思い浮かべる。
犯人さえ定かでない、あの松の傷つきよう。それが奇跡を求めたとなれば、明日にはあのダメージが回復しているのではないか。
ヒトガタが提供するという、奇跡を目の当たりにできるのは、いとこにとってはじめてのこと。明日には、実際にそれを目の当たりにできるんだ。
いとこは胸を膨らませながらも、その日はやたらとまぶたをせっつく眠気に襲われ、早めに床へ入ってしまったそうだ。
ふと、頬を冷たい風がなでた。
意識を取り戻したいとこは一瞬、自分が置かれた状況が理解できずにいる。
自分はいま、バス通りを通っている。あの松が横たわっていた道路で、実際におじぎをする松の横をすり抜けていった。
走ってはいない。飛んでいる。
足を動かしていないのに、滞りなく前進していく自分の身体は、地表より10センチほど浮かび上がっているのを見て取っていたらしい。
くわえて、現在の自分のかっこう。
寝間着姿でもって、左腕ごと「気を付け」に近い姿勢で、ただ右腕のみを突き出している。
いや、それは本当に右腕なのだろうか?
夜の闇に隠されながらも、それはまるで伐り出された丸太もかくやという、ぶっとい影を眼前にさらしているんだ。
そこだけ着ぐるみの一部かのような、ずしりとした重さ。それでいながら、いとこは腕や身体をみずからの力で制御するすべを持てず、ただ導かれるように夜の道路すれすれを飛んで進んでいたそうだ。
そうしてたどり着いたのは、松の木から1キロほど先へ進んだホームセンター。
すでに門扉を閉められていたそこへ、いとこの身体は固まったまま、人形が上から釣られるようにふわりと飛び越し、駐車場へ侵入。
いまだ停まっている数台の車のうち、軽自動車用のスペースにとまる、ひときわ小柄なものの前まで来て、ぴたりと止まった。
その車高はまるで、おもちゃのような低さだったらしい。人間の子供がようやく腰を下ろせそうなごくごくミニのそれに対し、いとこのぶっとい右腕が勝手にぐわっと持ち上がった。
先ほどまで見ていたのは、握りこまれたこぶし。
それがカエデのように指開いたときには、目の前の車はもうその中へすっかり納まってしまいそうなくらいの、大きな風呂敷と化していた。
腕が全面、開いた指が四方から、その車をわしづかみにする。変わらず、いとこの意図した操作じゃないが、その指先を通じて感覚が伝わってきた。
金属特有の硬さ、冷たさはそこにない。
すぐさまきしみを発するそれは、どこか生き物を思わせるやわらかさ、暖かさをにおわせていたんだ。
ぐっとつかんだ指が強く握りこまれるや、車はおおいに叫ぶ。比喩ではなく、動物の発する苦痛の悲鳴そのものだった。
耳をおさえたく思ういとこのこころは、なおも無視。文字通り、地に足をつけたその身体は、なおも右腕の握りつぶす力を増していく。
そこに伴う絶叫もまた、右肩上がりに響き渡り続けた。
ぐっと、完全に腕が握りこまれたとき、すでにそこに車の姿はない。ただ手のひらから、しとどに垂れ落ちる得体のしれない液体の立てる、びちゃびちゃという音と水たまりが残された。
そこでいとこの目の前は真っ暗になり、次の瞬間には自分の布団へ寝転がっていた。
いつも通りの自分の右腕が、出迎えてくれる。しかし、祖母が並べたヒトガタはどれも紫一色に染め上げられて、床の間に倒れていた。
本懐を果たしたんだと祖母は語り、このようなときは例外で、可及的速やかに新しいヒトガタを設ける必要があると。
学校へ向かういとこは、昨日の松が変わりなく折れ曲がっているのを確認する。
けれどクラスへついてからは、あのホームセンターの前を通ってきた生徒たちによって、駐車場の一角に、異臭を放つ大量の液体による水たまりができていたことが教えられたとか。
松ののぞんだ奇跡。
それは自らの修復ではなく。車のふりをして、逃げおおせようとした不届き者へ、いとこという人間の身体を借りてでも、思い知らせてやることではなかったのかと、感じられたんだそうだ。




