こき出す握手
握手。いわずと知れた相手に対する例の示し方のひとつ。
そのような接触が望ましい理由は様々にあるけれど、僕は相手への敵意が見えづらい仕草ゆえと思っている。
手は、おそらく人間が一番道具を扱う部位。ときに、相手を害するのに適したブツを握り、徒手空拳であったとしても安心はできない。
その強力な武器になる手を、互いに差し出して握ることは、自分と相手の害意を封じること。ひいては友好を結ぶための一歩となるわけだ。
そしてもう一点。
相手とふれ合える、ということだ。
いろいろな意味に取れる表現かもだけど、相手が人間の範疇か、そうでないのか。実は人に化けた人外なのではないか、ということをじかにはかるためにね。
このはかりかたについては、各地にちょくちょく話が残っているみたいで。僕の地元にも、少し不思議なケースが伝わっているんだよ。
その話、聞いてみないかい?
むかしむかし。
僕の地元に置かれていた寺子屋でのこと。
そこに勤めていた伊藤某師範は、子供たちが通ってくるときと帰っていくとき。決まってあいさつと共に、ひとりひとりと握手をしていったというんだ。
ぎゅぎゅっと、力のこもる大きな手のひらによる握手は、なかば万力じみた圧。子供たちの中にもおじけづく者から、負けまいと強く握り返す者まで、反応はさまざまだったとか。
僕のご先祖様にあたる子供は、握手苦手派だったらしい。
伊藤師範は、その子と握手をする際に、ただ真っすぐ握るばかりでなかったんだ。
親指以外の四本をすっぽり包むや、ぎちぎちと左右に何度もずらすように力を入れてくる。それを万力のごとき締め付けで行うとなれば、涙が出てきそうな痛みになるのも無理ない。
自分の骨のきしみを感じながら耐え忍ぶ子供。見るに、どうやら被害に遭うのは自分ばかりでなく、他の幾人かも同じように痛みをこらえる様子をのぞかせた。
なぜ、自分たちなのか。
握られる子たちで集まり、共通項を見出そうとするが、どうにも分からなかった。
歳も性別も住まいもばらけ、互いに仲が深いともいいきれず、この寺子屋でしか顔を合わせる機会のない関係もある。
しかし、このまま正体も分からず嫌がらせを受け続けるのも、かなり不愉快。
思い切って、彼らが伊藤師範に尋ねたところ、師範は他の子供たちがはけるまで一同を寺子屋へとどめおき、一室を閉め切ってから、おもむろに口にした。
「この中に、幽霊がいる。それを特定するためだ」
突拍子のない言葉に、子供たちは各々を見やり、ぽんぽんと叩きあったり、足の有無を調べ出したりしてしまう。
彼らにとって幽霊とは物体をすり抜けるものであり、足をもたらない手合いのことを指していたから。
しかし、伊藤師範はその性質を否定。
このたびの幽霊は生身の肉体の中に潜んでいるがゆえに、とぎ話に語られるようなやり方では判別は不能。
肉をすり、骨をこすり、その摩擦によって香りを立てるように、ひねり出さねばならない。
そのための判断に時間がかかり、ようやくここに集まった面々に絞り込めたとのことだ。
幽霊を長く身体にとどめていると、やがて生きている者の身体が幽霊そのものになってしまう。それを防ぐには、こうして外へかき出すよりないのだと。
伊藤師範は、十数年前に自らの母親と死に別れたおりに、この不思議な力に目覚めたのだとも語ったそうだ。
素直に事情を話したとて、およそ信じてはもらえない内容ではあるだろう。
ひっそりとことを終えたかった気持ちも分からなくもないが、だんまりからのいきなりニギニギされるとは、子供たちにとっても、そう気持ちのいいことじゃなかった。
それを差し引いても、子供たちが伊藤師範に協力したのは幽霊に対する怖さが勝ったというところだろう。
まだまだ現世に未練のある若人なんだ。それが幽霊になるとなれば、二度とそれらに触れえる存在ではなくなり、親しい人にも永い別れを告げなくてはいけなくなる。
短い人生経験の中であっても、その重大さは子供たちにも十分しみていたんだ。
そして伊藤師範の話があった後より、寺子屋には補助の師範が入るようになった。
確かに一年前より人が増えたものの、伊藤師範の生徒たちを「まわす」手腕はかなりのもので、はた目にもゆとりが見られた。
それが日を追うごとに、補助の師範へ仕事を回すようになっていき、伊藤師範は皆の巡視を中心にするなどの業務量の逆転が見られていく。
――もしかして、伊藤師範。寺子屋の勤めをやめるのでは?
鋭い子たちは、そのような一抹の不安を覚え始め、実際に的中することになる。
ご先祖様の子供が、寺子屋を帰るときのことだ。
その日はひとり、手習いがはかどらずに長く残らされていたらしい。他の子たちはすでに帰り着き、補助の師範も帰宅。
伊藤師範との一対一だった。
やがて課題の完了が認められ、帰り支度も終わるとくだんの握手が待っている。
すでに何度も経験してきたが、いざ手をすっぽり包まれると、つい肩がこわばってしまうのは変わらなかった。
がしっと、子供の手を握ってくる師範の手は、今朝よりずっと冷たい。
そのいささかの違和感も、すぐ肌の上からまとめてこすり合わせられる指と、中の骨たちの発する熱の前には、たちまち気にならなくなる。
師範の握力は、いつもに増して強い。動かされている端から、身体の内を骨のきしみが走っていくかのようだった。
つい、しかめ面になってしまう子供に対し、伊藤師範の顔つきは真剣そのものだったという。子供の顔をろくに見ず、ただ握りこんだ手のあたりばかりをにらんでいたらしい。
その握手は長い、長いものとなった。
あまりの締め付けに、四本の指はもはや痛いを通り越して、感覚がにぶり出している。
そろそろ放してくれないかな、と子供が伊藤師範へ声を掛けようとしたところで。
目に映る師範の足先が、すっと見えなくなった。
はだしで立っていた彼の足元には、さえぎるものなき畳の姿が横たわっている。畳はなおも見える面積を増し、それに伴って師範の身体が下からどんどん薄れていたんだ。
「――ああ、ようやくだ」
満足げにつぶやく師範の身体は、消えていくのをやめない。
両足はすっかり消え、腰も胸も背後にある柱や床の間をあらわにしていき、ほどなく握っていた手も失せていってしまった。
子供は悟る。これが幽霊になることであると。
師範の狙いは、子供たちを幽霊にしないためではなかった。確かに、子供たちの身体から幽霊を出すことはしていたが、目的が違う。
自分が幽霊になりたかったのだ。その幽霊を持つ子たちから、こぞってこき出し、それらに触れて、内側へ取り込みながら。
すでに胴体より下は失せ、首を残すのみとなった伊藤師範は虚空を見やりながら一言「母上……」とつぶやき、ほどなく完全にかき消えてしまったのだとか。
次回以降の寺子屋は、補助で入っていた師範のみで経営される運びになる。すでに引継ぎがなされているようで、伊藤師範が急用で故郷へ帰ったというくだりも含めて、滞りなく伝達も完了した。
ヘタな波風を立てまいと、子供はあの時に呼ばれた面子以外に、本当の事情は伝えなかったらしい。
伊藤師範が幽霊となって、本当に亡き母と再会できたかは、誰にも分からないことだ。




