見ない、会わない、姉と兄 (ファンタジー/★)
つぶらやってさ、兄弟いたっけ? ふ〜ん、そうか。
俺は一人っ子だから、兄弟のいる家庭って奴に興味があってな。
親の扱い方に差が出るとか、長男と次男では育ち方が違うとか、色々と世間じゃ言われているじゃねえか。
家族の一員の中でも、生涯を通じて一番長く付き合っていく可能性のある兄弟。血がつながっていながら、とても距離が近い別人。一つ屋根の下で暮らすとなると、何が起こるんだろうって、俺は想像が膨らんじまうのさ。
もっとも、俺は小さい時は一人じゃなかったけどな。たとえ、親がいない時でも。
保育園に預けられてたんだろ? 違うんだな、これが。家の中での話だ。
近所の人が面倒を見てくれていた? ああ、それに近いものがあるかも知れないな。
でも、普段は顔を合わせたことがない人ばかりだったぜ。そのくせ、俺のことはよく知っていたんだ。
ん、興味が湧いてきたのか。
そんじゃ、俺が小さい時に起こったことについて、話をさせてもらおうか。
さっきも話した通り、俺は一人っ子だ。
うちの家は、親父もお袋も俺に甘くてよ。俺が欲しがれば、何でも買ってくれた。俺が嫌がったら、二度とそれに触れはしなかった。
そうして完成したのが、ここにいる自己中な大人というわけだ。
恥ずかしながら、この年になっても、どこか常識知らずでな。仕事でも、しょっちゅう周りに迷惑をかけているよ。
つぶらやも、ガキに対して、あまり甘やかしすぎねえようにしろ。その時はよくても、将来的にダメ人間を量産する羽目になるぞ。
年食ってから、面倒を見てもらう連中が頼りないんじゃ、安心して、後のことを任せられねえだろ。
そんで甘やかされている俺は、たくさんおもちゃを買ってもらったさ。自分でも把握しきれないくらいにな。
親父やお袋も、俺をすっかり箱入り息子扱いだ。必要以上に、俺と他人を関わらせたくなかったんじゃねえかな。
お前の言う、保育施設に預けられることなく、一人で留守番ってことが多かった。そして、その留守番の時、「彼ら」がやってきたんだ。
それは俺が一人ですごろくのようなボードゲームに、はまっている時だった。車やプラレールっていうおもちゃは飽きちまってな。
今、考えると、ハマった理由ってのは、たぶん、ランダム要素があるからだと思うぜ。決まりきったレールを進むものより、波乱万丈な疑似体験に憧れていた。
おかげで、妄想大好きなダメ人間が出来上がったわけだ。
「それ、一人で本当に楽しい? マナブ君」
自分の名前を呼ばれて、俺はふと顔を上げる。
見知らぬ姉さんが、目の前に立っていた。お袋よりは少し若くて、きれいな人だったぜ。
一緒に遊ぼうって言ってくれたんだ。
今だったら色々なことを想像しちまうだろうけど、当時の俺は四つくらい。
目の前の姉さんを怪しむことはしないで、遊び相手ができたことに素直に喜んでいた。姉さんの正体よりも、相手がいることの熱さって奴を、知りたかったからな。
ひとしきり、すごろくで遊んだあと、お姉さんは「また会いましょう、マナブ君。お父さんによろしく」と去っていき、ほどなく両親が帰ってきた。
それで、俺はふと疑問に思ったわけだ。どうして、あの姉さんは俺の名前を知っていたんだろうってな。
その日から、俺は留守番をするたび、姉さんがどこからか現れて、おもちゃ遊びに付き合ってくれた。
姉さん一人の時もあれば、何人かでやってきたこともある。性別はまちまちだったが、いずれも俺よりは年上だろうな、ということは何となく察することができたぜ。
おかげでボードゲームは大盛り上がりだったし、他の眠っていたおもちゃの意外な楽しみ方を教えてくれたり、色々な本を読んでくれたりしてよ、一人の頃とは比べ物にならねえ、楽しさだった。
だけど、みんながみんな、はかったように親が帰ってくる前にいなくなっちまう。必ず「お父さんによろしく」と言い置いてな。
どうやら、親父にしかわからない秘密があるみたいだ、とは俺も察することができた。もしかして、俺の知らない兄弟がいるのか、なんて素直に思ったりしたよ。
父親だけの時に話を切り出した、当時の俺の知恵なり幸運なりに感謝だな。下手すりゃ家庭崩壊まっしぐらだったぜ。
俺に兄弟がいることを隠していないのか、なんてダイレクトに聞いちまってさ。親父がカンカンに怒り出した理由を、ガキの俺はさっぱりわからなかった。
やがて冷静になった親父は、俺に言った。
次にそいつらにあったなら、母親が誰か聞いてみろ、と。
次の留守番の日。姉さんたちはやってきた。今まで知り合ったみんなを、全員引き連れて。
この日が、みんなとの別れになるのだと、俺もうすうす感じるくらい、深刻な顔をしていた。
俺が親父のことを話すと、みんなは自分の母親の名前を言い出したんだ。お父さんに伝えるように頼まれたから、俺も必死で覚えたさ。
それから、みんなでもう一度ボードゲームで大盛り上がりした。はっちゃけて、はっちゃけて、もうこれ以上はないってくらいに。
最後の勝負は俺の勝ちで終わった。いや、きっと勝たせてもらったんだと思う。
そして、別れ際。姉さんたちが俺に別れの言葉をかけてくる。
「元気でね、マナブ君」
「父さんは、すごく寂しがり屋なんだ。たくさん甘えてあげてくれよ」
「今のお母さんのことを大切にね」
「ほんの少しの時間だったけど、一緒に遊べて楽しかったぜ」
俺の胸がじんわりと熱くなっていく。親以外に、自分を大切にしてくれた人たちは初めてだったから。
姉さんたちの最後の言葉は、今でもはっきり覚えている。
「生まれてこられなかった俺たち、僕たち、私たちの分も、しっかり生きてほしい。マナブ」と。
その夜、こっそり親父に姉さんたちのことを話したよ。そしたら、親父は頭を抱え込んぢまってさ、涙をうっすらと浮かべながら、言ったんだよ。
姉さんたちの母親の名前。それは今までの人生で、親父が恋心を抱いた女性たちの名前だったんだ。
お袋と結婚するまでの、親父の想いの足跡がそこにあった。
「だから、俺には会いに来なかったんだな。あの時の気持ちを思い出して、今の俺自身が揺らがないように。それが俺たち一家の枷にならないようにってわけか。バカヤロー、妙なところで気を利かせやがって……ガキどもめ。マナブ越しとか、卑怯じゃねえか。なあ、おい」
それが、俺が見た、初めての親父の涙だった。
おかげで、今も俺はこうして生きているよ。
確かに俺は一人っ子だけど、一人じゃない。
本来は出会えなかった、姉さん、兄さんたちの命を、この身に確かに受け継いでいるのだから。




