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燃えよ斬鉄剣 (歴史/★★)

 先輩、先輩。見てください、これ!

 じゃ〜ん、剣道地区大会優勝の賞状ですよ!

 県大会への出場権ももらいました! 女子剣道部、次期主将の座を目指して、ガンガン行きますよ!

 部長から「鬼小町」の称号を受け継ぐのは、私です!

 あれ〜、先輩? もしかして、今、笑いました? 

「鬼はともかく、小町って……ぷっ」て顔をしてますよ〜?

 ふ〜ん、そうですか。そうそう、人が人をボコすのはまずいですけど、鬼なら人をボコしてもノーカンですよね。

 でもな〜、私は人間だし、女の子だし〜。何かおいしい物でも食べさせてくれたら、機嫌が良くなっちゃうかもな〜。

 脅さなくても、お祝いでご飯くらいはおごってやる?

 あ、あれ? いつもの先輩だったら、のらりくらりと逃げの一手のはずなのに、変化球ですか〜。

 ま、まあ、私も小町ですし〜、殿方からの歓待は、謹んでお受けしちゃいます!

 ちょっと行ってみたいケーキ屋があるんですよ~。今ならバイキングセール中なんです!


 ふ〜、ラッキーでしたね。今日はたまたま空いている日だったみたいです!

 先輩はコーヒーだけでいいんですか? ショートケーキのいちごくらいはプレゼントしますよ。

 今はそんなにお腹が減っていない? ありゃりゃ、それは申し訳ありません。ぱぱっと片づけますね。

 私って、あんまり太らない体質なんですよ。剣道で体を鍛えているからでしょうか。肉が燃えてしまうみたいで。

 小説とかでも、剣を扱う女の子って、華奢な子が多いんじゃないですか? 他にも、よく見かけるのが、身の丈以上の大きな得物を振るう、小さな女の子。

 男が好きなギャップ萌えというやつですかねえ。女もギャップ萌えする人は多いんで、おかしいとは思いませんけど。

 なんか、物語の中で必要とされない限り、「ゴツい」女の子ってそうそう出てこないように感じるの、私の読書不足でしょうか。

 男の保護欲をかきたてるには、ゴツくないほうがいい? ははあ、なるほど。

 でも、武芸は年齢や性別を越え、活躍する人の伝説が昔からたくさんありますよね。

 淑女らしく、おごってもらったお礼をここでしちゃってもいいですか。

 先輩が好きそうな「剣技」についての言い伝えです。


 先ほど、私が口に出した「鬼小町」の称号。幕末好きな先輩なら、由来は分かりましたか?

 そうです。桶町千葉道場の千葉さな子の異名ですね。北辰一刀流の小太刀で免許皆伝の腕。あの坂本龍馬とも深い仲であったと言われています。

 あと、武芸に優れた女性と言えば、木曽義仲と共に戦ったという巴御前が有名ですか。

 こちらは一層、創作のイメージが強いですけれど、強くてきれいな女性というのは、昔から色々な人の憧れだったことが、うかがえますね。

 そして、流派につきものなのが「奥義」。

 これから話すのは、とある流派の奥義。「斬鉄」に関する話です。


「斬鉄」は文字通り、鉄を絶つ技。

 元々は戦の時代に、鎧で身を固めた相手でも両断できるように開発された技術のようです。

 先輩も知ってのように、作りこまれた日本刀は極めて頑丈。銃弾を両断できるポテンシャルがあることも検証済みです。ですから、持ち手の技量がとても大事だったのです。

「斬鉄」は居合。すなわち「抜き打ち」や「抜刀術」の奥義。

 抜くと同時に、防ぎの上から相手を両断するのが極意のようです。

 しかし、江戸幕府が開かれ、公に人間を相手にしなくなった時代。その流派は居合の剣術道場の一つとして泰平に馴染んでいたと聞いています。


 何代か道場が続き、当時の道場主に娘ができました。

 この家では男も女も、剣術を学びます。「斬鉄」を後の世に残す、跡継ぎとするためです。

 娘は類まれな剣才に恵まれ、十代にして免許皆伝相当の腕前に到達。「斬鉄」伝授の修行に入ったとのこと。

 彼女を教える道場主である父は、利き腕を潰されて剣が持てなくなっていました。怨恨のある、他の道場主たちの野試合により、痛み分けに近い形で剣客としての生命を絶たれていたのです。

 娘は、父親が大好きだったと聞いています。いつか、自分の手で父の無念を晴らす、という気持ちもあったかも知れません。来る日も来る日も、彼女は修行に打ち込みました。


 半紙に始まり、獣の皮、鉄のなべ、百姓刀。

 彼女が課題を乗り越えるたびに、様々なものが姿を現し、居合の相手となりました。

 数年後。南蛮鉄をも両断できるようになった彼女の前に、最後の試練が訪れたのです。

 それは、墨汁で染め上げたかのような、黒鉄でした。

 太さはざっと彼女の腕の数倍。木の幹と見紛う太さだったとのことです。

 今までの相手との違いに、さすがの娘も怯みましたが、父の願いに応えたい一心で、彼女は黒鉄に挑みかかりました。


 はじめの数ヶ月。彼女の居合は、逆に黒鉄に弾き飛ばされてしまったそうです。その硬さは手にしびれが走るほどでした。

 彼女は腫れる手のひらを何度も冷やし、昼も夜も、時間を見つけては黒鉄に挑みかかりました。

 やがて傷がつき始めますが、刃を食い込ませるには至りません。黒鉄そのものが、彼女の想いを受け入れようとしない、拒絶の姿勢を示しているかのようだったと、伝わっています。

 彼女は黒鉄と向き合い、何度も己の心に問いかけたとのこと。

 自分が「斬鉄」の会得にかける願い。それは父の心にかなう、存在となること。

 何本もの真剣が犠牲となりました。あるいは生まれ変わり、あるいは新しく出会った得物を携えて、彼女の心もまた、名剣のごとく研ぎ澄まされていきます。


 そして、その時は突然やってきました。

 早朝。彼女は黒鉄を前に、一時間近く黙想したあと、今まで何千回とやってきたように、抜き打ちをかけたのです。

 昨日までは、傷をつけるのがせいぜいだった黒鉄。それがツタを切るかのように、真っ二つになりました。

 彼女は内心で猛烈に喜びながらも、剣士としての姿を崩さぬように、表向きは粛々とした面持ちで、父親のもとに向かいました。

 ここ数ヶ月、父親は不治の病におかされ、立ち上がることができないほどだったとのこと。それが娘の報告を受けて嬉しそうに笑ったそうです。

 ようやく、願いが叶った。ありがとう、と娘をほめる父。そして、これからは花嫁修業にも励み、この道場を盛り立てて欲しいと言い残し、ほどなく彼は世を去ったそうです。


 やがて彼女は、名の知れた剣士と結ばれ、子宝に恵まれたとのこと。

 しかし、「斬鉄」の奥義は、彼女の代で途絶えてしまったといいます。

 彼女の修行の裏では、ある事件が起こっていたことが大きかったかも知れません。

「斬鉄」の最終試練開始と同時期に、父の剣士生命を絶った道場主が経営する道場で。

 門下生が、数々の不祥事を起こし、道場の評判を貶めたこと。

 そして、彼女が「斬鉄」を成し遂げた時。

 虫の息の道場を支えていた、大黒柱たる道場主が、急逝したとのことです。



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