悲鳴のサラダボウル (ファンタジー/★★)
こーちゃん、お酒余ってない?
サンキュ、やっぱり一杯ひっかけてからの、レポート作成が一番燃えるなあ!
まったく、うちの教授は字数制限がきつくて困るよ。期間が短いのに、万単位の字数レポートを書かせる? 普通。
インテリを自称する人は、自分ができるレベルのことを、簡単に相手にも求めるんだから。
私はあんたじゃないっての! 文章書くの、好きじゃないっての!
なんで大学生になったか? 遊ぶため!
こーちゃん言ってたじゃん、大学は人生の夏休みだって。
単位が取れるなら、勉強なんて……、文章はこーちゃんに任せれば……。
推敲や手直しは自分でやれ? 酔っ払いが書いた駄文など、見る価値もない?
ええ、そんなあ。ただでさえ文章苦手だから、こーちゃんに見てもらおうと思ったのに!
お願いします、こーちゃん! つぶらや大先生! どうか、どうか私の単位をお守りください! 留年なんかしたら、お母さんから仕送りを絶たれてしまうんです!
面白い話をしたら、考えてやる?
うぬぬ……じゃあ、こーちゃんと同じ、小説を書いているおじさんの話をするよ。
こーちゃんはさ、小説を書くのに詰まったら何をしているの?
コーラを飲む? 本当に炭酸好きだね、こーちゃん。でも糖分を補充できているならいいのかな。
文章ってさ、書いてるとめちゃくちゃ頭が疲れるんだよね。
私もチョコパイ片手にキーボードを打ってるなあ。文豪だったら、川端康成だってスイーツ大好きだったでしょう。
疲れる頭を奮い立たせて、文章一つに、きりきり舞いか。こーちゃんやおじさんの住んでいる世界、ちょっと想像しづらいかも。
で、そのおじさんはというと、執筆の時の栄養補給は、もっぱら果物みたい。
特にイチゴが好きみたいだよ。コンデンスミルクとかには頼らず、ばくっと一口。すかっと爽やかなんだって。
ここのところは会っていないけど、お父さんがいうには、元気でやっているんだってさ。
これから話すのは、おじさんと、おばさんが言っていた話になるよ。
おじさんって、本を出しているんだって。専業ではなく兼業なんだけどね。
おじさん自身としては、もっと売れてほしいのはやまやまらしいけど、一部でおじさんの熱心なファンの方がいるから、その人たちに応えるために、現在の作風を大事にしているって前に言っていたよ。
ただ、兼業となると、専業に比べてお金とストレスの溜まり方が、断然違う。にっちもさっちも行かなくなると、冷蔵庫からイチゴを取り出して、バリバリ食べるんだってさ。
その消費量たるや半端じゃなくて、市販のパックの一つや二つ、すぐに空けちゃうって奥さんが言っていたよ。
買ったものだけで足りなくなった時のために、家にはいくつもイチゴを育てるプランターが用意されている。五月から六月くらいには大きな実をつけて、おじさんの気疲れを紛らわせるのに、一役買っているらしいよ。
だけど、おじさんの家の周りでは、変な噂が流れているんだって。
土日の昼間や夜中に、誰かの絶叫が家々の間にこだまするらしいよ。あまりに大きい声だから、みんなびっくりするみたい。
けれどもさ、もし悲鳴だったら、声を出した後に気配がするものでしょう。外だったら、逃げ出す誰かの足音とかさ。室内だったら、バタバタする物音とかさ。悲鳴の原因が作る動きって奴が、ないんだよ。
みんなが空耳かな、と思う時に、また絶叫。それが何度も繰り返される日もあって、近所迷惑極まりないらしいよ。
事件の匂いがプンプンする。かといって、被害者の姿を見た人は誰もいない。怪しい者を見たという人も存在しない。警察の皆さんも、不可解な現象のために動くことができなかった。
こんな事態が何回も繰り返されているうちに、一部の人はあることに気がついたんだ。
それは悲鳴の種類が、非常にたくさんあるということ。
青年の時もあれば、老人の時もある。女性の時もあれば、子供の時もある。はたまた犬や鳥、聞いたことのない生き物の悲鳴まで、多くの人の耳に届いていたみたい。
悲鳴のサラダボウル。あまりのごった煮具合から、この現象にはそんな名前がつけられたらしいよ。
おじさん自身も、何度か悲鳴を耳にしたことがあるみたい。だから、執筆中は耳栓をはめて集中できるようにしているって。
おじさん、原稿を書く時は、手書き派の人間らしいよ。作家活動においては、パソコンを使うの、情報整理したい時だけなんだってさ。
で、設定やプロットも手書きなんだって。そこまでこだわる理由を前に尋ねたら
「私は登場人物に命を吹き込みたい。ならば、パソコンという電子の筆ではなく、肉筆で私の心の中にあるものを、彼らに負っていってもらいたいのだよ」
そう、話してたよ。自分のオリジナルの筆跡で綴るから、生き生きと彼らを書くことができるんだってさ。
その分、没にしなきゃいけない時は断腸の想いだ、とも話してた。自分の手でビリビリに引き裂いて、ライターであぶって灰にしちゃうみたい。その後で、「すまない、すまない」と何度も謝るらしいんだ。
おばさんもそれを見て、辛かったみたい。
だから、本来は良くないものであることを知りながら、その灰を肥料代わりに、家のイチゴのプランターの中に埋め込んでいるんだってさ。




