専用車奇譚
第一回、男女あるある、ねーよ相談会、はーじまーるよー!
司会は、ショートヘアーにした私と、そんな私に対して、いつもと同じ反応しか返してくれなかった、朴念仁代表のつぶつぶでーす! たった二人で男女同権時代を、明るく愉快に、もしくはドロドロネチネチ過ごすために、相談したい事柄を取り上げます!
――あれ、つぶつぶ先生。顔色が優れませんが、どうされましたか? せっかくの罰ゲームなんですから、楽しまないと損ですよー! ほらほら、笑って笑って!
はーい、つぶつぶ先生のひきつった笑いを、目に焼きつけましたか? それでは記念すべき第一回の議題は「電車における女性専用車」について。
女性専用車が導入されて、久しいですね。厳密には男も乗れますが、奇異や批判の目で見られることは、覚悟しないとです。私も通学する時はちょいちょい潜り込んでしまいます。痴漢防止のためにね。
――男は、お前のようなドブスなど、相手にしない? はっはっは、手厳しいィ〜。
そりゃ、前を見たら、そう感じる方がいっぱいでしょうよ。でも、真正面から触りに来る人なんか、まず、いませんよね。痴漢って、後ろや横から来る気がしまーす。
つまり結論! 痴漢にとっては、女の顔なんぞ、どうでもよい、ということです! さすが痴れ者の漢! 女は顔じゃないと! ヒュー、かっこいい!
それで身体に伸ばす手が引っ込んでいればグッドなのに、ささいな動きのせいで、すべてが台無し。だから女は君を選ばないんだぞ〜ボクゥ。わかったか〜?
――え、飲み過ぎだって? つぶつぶ先生、ストッパー過ぎイ。ここから物書きつぶつぶの、男から見る痴漢論を語ってもらおうと思ったのに、冷めちゃうじゃないのよ〜。
じゃあ、つぶつぶ先生に呆れられないように、真面目に――と。
女性専用車に関する考察を、進めさせてもらおうかしら。
女にとって、仕切られたスペースというものが、いかに心安らぐか。ここにいる淑女の皆様は、おおよそご理解いただけるかと。その点、男はどうなんでしょう、つぶつぶ?
――同じ部屋の中、仕切られないで、女の一挙手一投足にやきもきするシチュエーションに、憧れる人が多いのではないか? なるほど、物書きとしての貴重な意見、ありがとう。
皆さん、いかがです。異性に対し、仕切って欲しい女と、仕切られたくない男。もう根っこから違うんです。これ、女性専用車が作られた要因の一つでは、と私は思うのよ。
でも、どうやら女ばかり集まるその空間も、異常を呼び寄せると、感じた出来事があったの。
今朝のこと。女性専用車両は混んでいたわ。
私はドアの入り口付近に陣取って、手すりに掴まりながら、スマホをいじるのが好みのスタイル。わざわざ一本電車を見送って、並んだ列の先頭に居座った私は、すでに何人も掴まっていた手すりを握りつつ、ドア付近をキープする。あとは押し寄せる流れに、耐えていればいい。
けれど、今日は駅員さんが職務熱心だったの。
「奥まで詰めてくださーい」
そんな声と共に、列の最後尾が、無理やり車内に押し込められたわ。女性ならではのカラフルな奔流が、どっと押し寄せる。
私は取り落としそうになったスマホを守るので精一杯。もみくちゃにされながら、車両中央でサンドイッチの具になっちゃった。もう、ヒップなりバストなり、押しつけられまくり。しかも隣り合った人なんか、大きいマスクをして、ゴホゴホ咳き込んでいるから、すごく気になっちゃう。
――な〜に、男子諸君。うらやましそうな顔をしちゃって。言っとくけど、すし詰めなんて、女同士だったとしてもいいもんじゃないわよ。
汗はもちろん、香水、シャンプー、化粧品、服の柔軟剤……それらのミックスが、夏の熱気で蒸されて充満。駅への到着以外に、逃げ場なし。冷房の下で、顔はカピカピ。手すりもポールもつり革も、つかめなかったら、ブレーキがかかる時なんて、周りと一蓮托生よ。それをご褒美に感じられるとか、ちょ〜っと引いちゃう感性ね〜。
圧迫されながら必死に耐える私だけど、目的の駅まで、あと2つ。けれど、突然の急停車。ドミノ倒しになる乗客たち。私も隣からの煽りを受けて、支えきれずに、マスクをつけた人の方に、頭からぶつかっていっちゃったわ。
その瞬間。「ぶう〜」と間の抜けた音がした。まるきり盛大な、おなら。
私はしていないにも関わらず、周りにいた座っている人、立っている人からすごい目で見られたわ。もう視線が痛い痛い。
私は倒しちゃった人に、謝りながら立ち上がったけれど、その人と顔が合って、息を呑んだわ。
その人、麦わら帽子をかぶって、マスクをつけていたけれど、今はマスクが外れていた。その下から現れた、口の周りから顎にかけて、黒々と豊かなひげが生えている。体つきは女性のそれだったけれど、顔つきは四十がらみのおじさん。
女性専用車で、周りは女性だろうと油断していた私は、いっぺんに鳥肌が立ったわ。
おじさんの顔を、私が捉えられたのはほんの一瞬。さっとマスクを直してしまった上に、みんなの注目は私に向いていたから、誰も私の隣がおじさんだったことに気がつかない。
出るところが出て、引っ込むところは引っ込んでいる、見事なスタイルだから、顔を隠されたら、男とは思えないでしょう。
――本当は女だったんじゃないか? いやいや、世界の女に失礼だって。あのひげと、かすかに漂った加齢臭。私の父親と同じか、それ以上よ。遺伝子レベルで、違うって。
ぎゅうぎゅう詰めの中でも、周りの乗客は、私から距離を取ろうとしていた。おならをした張本人だと思われている。
腹が立ったけれど、それ以上に隣がおじさんであることに神経をすり減らす私は、「もう早く降りたい」としか、考えられなかったわ。
どうにか、駅に到着。私はトイレに飛び込んだわ。あのおじさんに触っちゃったところ。ウェットティッシュで拭わないと、気持ち悪い。
私は個室に入ると、手鏡をのぞきながら、髪を拭い始めたけれど、思わず悲鳴をあげたくなっちゃったわ。
髪の先っちょが濡れている。それだけならまだしも、濡れた部分が、ひとりでに抜けていくの。
便器の中に散っていく、何本もの髪の毛。それがゆであがる麺のように身をよじりながら、水の中で踊っていた。何本も何本も。まるで生きているかのように。
私はソーイングセットのはさみで、濡れた髪を全て切り捨てて、詰まる可能性も構わずに、便器の中に流し込んだわ。それでも耐えられなかった私は、トイレを出た足で、そのまま美容院に向かい、今のようなショートカットにしてもらった、というわけよ。