ご愛顧への、つけとどけ
つぶらやは、思わぬ臨時収入があった時、遠慮なく受け取ることができるタイプか? 俺は、残念ながら疑いが先に来てしまうタイプだ。受け取った額よりも、高い授業料を払わされるんじゃないかと、心配になってしまう。出されたお金を悪びれず受け取れるとしたら、純真無垢か、悟りを開いちまったか、だろう。前者は世間知らずとも言うんだがな。
オレオレ詐欺、架空請求……痛い目に遭って、人は成長していく。だが、経験しなくて済むなら、経験しない方がいいわな。人を成長させるからって、犯罪を助長する気は、さらさらねえよ。
詐欺と言えば、不思議な体験をした友達がいたっけなあ。空手形じゃなく、まじでお金をくれるタイプのな。
どうだ、興味はあるか? この手の話、話すのも聞くのも、ほろ酔い気分の方が、気が楽だろう。一杯やってから、話をするとしようか。
友達が携帯電話を買ってもらって、しばらくたった頃のこと。
その友達も、人並みに金が欲しいなあと思っていた。特に使い道を考えていたわけじゃなく、ただ、自分のふところが暖まっていることを実感したかった、と話していたな。
当時は学生だったから、バイトで稼ぐ額も、知れたものだった。かといって、稼ぎ過ぎて手続きをするのも面倒だ、とだらだらした生活を送りつつ、月に数千円でも貯蓄が増えていくことに、喜びを感じていたんだとか。
実家暮らしだから、家賃を始めとする消費支出もさほど多くはなく、マイペースで過ごしていたらしい。
まるっきり温室育ちだったよ、と自嘲していたっけな。
ある晩、友達は、簡単な登録をするだけで、マンガが閲覧できるサイトに入り浸っていた。他のサイトでは、お金を支払わないと読めないマンガが、このサイトでは読める。友達が夢中になっている理由は、それだった。
ここまでたどり着くのに、一体、いくつのサイトを回っただろうか。女性がいくつものお店をはしごして、買い物をする理由が、少し分かったような気がしたらしい。
何日もかけて、単行本数十冊分の長編マンガを読み終わり、新しいマンガに手を出そうと、ページをタッチした時。
「ポーン」という注意音がなる。サイトに登録した際に作られたマイページに、メッセージが届いた音だ。このサイトで、コミュニケーションをとっている人はいない。考えられる送り主は、運営だ。
おっかなびっくり、メールを開いてみた友達は、文面にくぎづけになる。
「おめでとうございます。あなたはこのたび、このサイトの1000万回タッチを達成いたしました! つきましては、感謝の気持ちをこめて、これからひと月ごとに一回、半年間。ささやかながら、あなたに金一封を差し上げたいと思います。今月分は、明日、ご用意いたします。午後十時より、あなたの家の最寄りの本屋。入口に並んでいる植え込みのうちの、左から二番目を、ご確認ください。これよりも前の時間ですとご用意いたしかねますし、遅れた場合も、差し上げられる保障はございません。なにとぞ、万障繰り合わせの上、お越しくださいませ」
おおむね、このような意味が書いてあった。
口座番号などを聞かず、間接的に行われる、金銭の受け渡し。そのアナログな方法が、なんとなくドラマっぽくて、友達の神経をくすぐった。
「もうけもの!」という気持ちと「怪しすぎる……」という気持ちが半々で浮かんだ。アポイントメントセールスの一種だと思ったんだ。しかし、もしも本当にプレゼントがあったとしたら……。
友達は好奇心を抑えられなかった。念のため、護身用の道具を用意して、翌日、指定された場所に向かったらしい。
指定時間の五分前。友達は件の本屋の近くで待っていた。閉店時間が午後十時なので、すでに客の姿は少ない。ただ突っ立っているのも怪しいので、友達は缶ジュースを飲みながら、ケータイをいじっていた。あの怪しさ抜群のメッセージを、何度も何度も見直していたんだ。
やがて時間になった。誰もやってくる気配がない。これより前の時間だと用意できないというから、てっきり金一封を植え込みに持ってくる誰かが来ると思っていたんだ。
五分たち、十分たち、人通りそのものが少なくなってきた。先ほど、店主と思しき人が店の入り口から顔を出して、怪訝そうな目つきでこちらをにらんできた。
耐えられない。友達は店主が引っ込んだのを見ると、周囲に人の目がないことを確認。植え込みをのぞき込んでみる。
少し枝をかき分けると、ご祝儀袋があった。自分のイニシャルが書いてある。そっと中をのぞいてみると、およそバイト一日分に相当する額のお金が出てきた。
金一封と呼ぶには、正直、物足りない。しかし、問い詰められても、ごまかしがきく金額だった。少し迷った結果、友人はご祝儀袋を、そっと懐にしまったとのことだ。
翌月も、さらに翌月も、指定された時間と場所に、祝儀袋は姿を現わした。三回は手元にしまいこんだ友達だったが、さすがにいぶかしむようになっていた。かといって、もしも本当にプレゼントだというなら、無駄にするのはあまりにもったいない。
最終的に、半年の後半にあたる三カ月分は、回収したものの、手つかずで残していた。前半の三カ月分は雑貨に代えてしまったけれど、補填は十分に可能な額。
そして、受け取りが完了した次の日。友達が留守番をしていると、インターホンが鳴る。出てみると、宅配業者の格好に身を包み、眼鏡をかけた青年が立っていた。
「お荷物の集荷にうかがいました。ご用意はできておりますか」
連絡をした覚えはない。首を傾げる友達の前で、青年は眼鏡を静かに持ち上げた。
「ふむ、3つですね。途中で怪しく思われましたか。もらうならもらう。もらわないならもらわないで、徹底した方がよろしいですよ。全部てつかずならそのまま、全部使われていたら、全部いただくところでしたが……よろしい、ではこれで失礼しましょう」
青年が胸ポケットに差していたボールペンで、ささっと手のひらに文字を書く。見たこともない言葉で、意味は分からない。だが、彼が書き終わると、下腹部が急に熱くなった。
思わずひるんだその間に、青年は去って行ってしまう。熱がおさまって部屋に戻ると、三ヶ月分のご祝儀袋の中身は、すっかりなくなっていたんだとか。
友達は、それから例のマンガサイトを利用することはなかったが、人づてに閉鎖したらしいという話を聞くことになる。
あの時に感じた、下腹部の熱については、すぐには正体が分からなかった。だが定期検診を受けて、はっきりと分かったことがある。
腎臓が一つ、無くなっていたんだ。それこそ、元々一つしかなかったかのように、きれいさっぱり。
あのサイトも青年も、人を弄ぶことが存在意義だったのだろう。高い授業料だったよ、と友達は語ってくれたっけな。