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負の誕生

 げ、こんな日に限って忘れちまった。悪い、つぶらや。鉛筆削り持ってねえ? 替えの鉛筆でもいいけど。

 サンキュ、助かったぜ。模試の時とかさあ、いつもと違う筆箱にすると、中身を入れ替え損ねるだよねえ、俺。かばんの中に放り込んで、それでもう安心しちまう感じだな。自分の時間もメンタルも、過ぎちまったことに割きたくないし。

 じゃあ勉強しているのかって? いやいや、するわきゃないでしょ。寝る直前まで、動画を見っぱなしよ。

 勉強はいつでもできるが、ライブ実況を見るのはその時でなきゃできないじゃん。俺のオヤジもよく言っているぜ。ビールもアイドルもスポーツも、生が一番だってな。

 まあ、俺にとっては画面の中が一番なのだがね、ぐふふ。リアルで直に触れて、ひどい目に遭うより、フィルター越しで気持ちだけのお付き合いって奴? 相手の心も都合よく妄想し放題。これぞ、プラトニック・ラブの新解釈だぜ、はっはっは!

 

 ――なんだ、悲しそうな眼をしやがって。お前ら物書きも、文を連ねて妄想を形作っているくせに、他人の現実逃避を非難かよ。はっ、おこがましいっての。

 たくさんキャラを作っているからって、親気取りの説教か? 非生産的だとでも?

 物書きなら、演説じゃなく作品で、俺を含めた愚民たちに、文句と糞尿以外の何かを作らせて見せろよ。俺たち読者は、その瞬間を、今か今かと待ち望んでいるんだからな。現実に立ち向かうパワーをくれよ。な?

 お前らにとって、生み出すことがどんだけ辛いか、俺たち読者は勝手に想像するだけだが、生み出すのになりふり構わない奴らもいるんだぜ。

 少しは興味が湧いたか? この模試が終わったらファミレスにでも行こうや。そこで話をしよう。


 さて、忘れないうちに鉛筆を返しておくぜ。

 俺はシャープペンシルよりも鉛筆の方が好きなんだ。つぶらやもそうか? 小学校時代にシャープペンシルが禁止されていたんだよ。折れた芯が、飛んだりしたら危険って理由だったっけな。

 それが中学に上がり、高校に上がり、じょじょにシャープペンシルはそのシェアを広げていった。特に高校じゃ、8割くらいがシャープペンシル派。鉛筆派は肩身が狭かったんだ。

 その頃の俺は、鉛筆を使ってはいたものの、特にこだわりがあったわけじゃなく、小学校時代からの惰性だった。旗色の悪さを見れば、良い方に流れていく。自分だけ取り残されている感、嫌だしよ。

 でも、今から話す出来事で、俺はまた鉛筆を使おうかなと思ったんだ。


 ウチの高校は、定期試験はマークシートがほとんどだった。地元じゃマンモス校で通っていたからな。先生方の採点負担、それに伴うミスの訂正とかのコストを考えりゃ、機械任せにしたくなる気持ちも、わからなくはない。

 マークシートは塗りつぶす関係上、あまりに細い芯だと手間がかかる。だから、学校の購買では1.3ミリくらいの太さを持つ、マークシート用シャー芯が常備されていたことを覚えているぜ。ただHB限定だったから、マークの読み取りミスを防ぐために、何度も塗り重ねる必要があった。テストが好きな奴など、ほとんどいなかったから、恨み混じりでぐりぐり塗りつぶすことも、珍しくなかったようだ。

 返却は全科目、帳票の形で渡されて、用紙が戻ってくることはなかったな。時々、先生方がマークシートを抱えて、校舎内を飛び回っている姿を見たことはあったがね。

 最初のうちは違和感があったが、一年がたつ頃には、これが学校のスタンダードなんだと、思うようになっていた。

 だが、あることをきっかけに、俺は違和感の実態にぐぐっと近づいたんだ。


 きっかけは、クラスの友達の野球部員だったっけな。他校との練習試合を行った時のことだ。

 ウチの学校は、野球部を含めて、全国大会出場を狙えるくらいの強さを持っている。だが、いつもいいところで出場権を逃がしちまう、いわば一流になりそこねている実力者といったポジション。そのために各部活動顧問への圧力も、強かったとかなんとか。

 どの部活も選手の質向上、相手の情報収集などを欠かさないんだが、何より試合に強い。

 いざ試合を行うと、相手チームに故障者が出ることが多いんだ。デッドボール、スライディングなどでの接触とか、イレギュラーバウンドが急所を直撃とかで、中には交代を余儀なくされた選手が、何人も出る。極めつけは、相手ピッチャーが脱臼した。

 対戦したチームの先発ピッチャーは、俺の中学時代の友達。試合の後に連絡をとって、お見舞いに行ったんだ。あの時の表情は、見ていられなかった。手術はせずに済んだんだが、痛みと「もう投げられないんじゃないか」って不安が混じった、絶望そのものって顔をしていたよ。

 他愛ない話で、何とか雰囲気を良くしようとしたんだが、友達が暗い顔で、ぼそりとつぶやいたんだ。

 ボールを投げた瞬間、自分の腕に、何かがぶつかってきた衝撃を感じた。脱臼したのは、そいつのせいだって、ずっと嘆いていたよ。

 自己管理不備を認めたくない気持ち、わからなくもなかったがね。


 しかし、夏が近づいてくるにつれて、友達のような体験をしたものが増えてきた。相手校ばかりでなく、俺たちの学校の中でもさ。不幸中の幸いで、主力選手は無事だったんだが、選手層がめっきり薄くなっちまった。

 顧問の先生たちも機嫌が悪くなっちまったらしく、部員たちに檄を飛ばすことが増えたよ。いや、半ば八つ当たりのように見えた。口論していることも珍しくなかったよ。そのたびに先生方は「もっと調整をしなくては……」って漏らしていたな。

 そんな最中、前期末のテストが行われた。赤点を取ると、補習。部によっては夏の大会に出られなくなるから、いつもにも増して、ギラギラした雰囲気が漂う。テスト中、何度もシャー芯を折る音と、大きな舌打ちが響いていたよ。

 だが、テストの直後から先生たちがあわただしい。いつもは試験後、用意に3日はかかるはずの帳票が、翌日にはもう渡されてきた。まだ他の科目のテストが残っているというのに。おかげで目の前のテストに集中できない生徒も出てきて、一部では混乱状態だ。

 何をそんなに急いでいるのか。俺の疑問は、テスト後に一つの答えを見ることになる。


 ものの見事に追試組の仲間入りをした俺は、土曜日の学校に呼び出された。

 出迎えてくれる先生はおらず、普段にも増して、閑散とした校舎内。このまま真っすぐ教室に向かっても、面白くないなと俺は思ったんだ。

 追試の開始まで、まだ時間はある。俺は教室のある2階に向かわず、校舎の1階をブラブラすることにした。木工室や被服室とかの特殊な教室が固まっているフロアだから、何か面白いものがあるかも、と漠然とした期待を抱いてな。

 そして、理科室の前まで来た時、ドアが少し開いていた。中からホルマリンのにおいが、かすかに漏れてきている。標本でも作っているんだろうか。俺はそうっとドアのすき間から、中の様子を伺ってみた。


 窓際に並べられていた水槽たち。前期の間にはメダカやザリガニが入っていたそれらに、今はマークシートが大量に入っていた。しかも、めいっぱい水が張った中にだ。

 ゴミを出す時みたいに、十文字に縛られているから、バラバラにならない。彼らはひなたぼっこをしながら、黙って行水している。

 俺があっけに取られていると、向かって正面の水槽に、異変が起き始めた。心なしか、水が少しずつ、黒く濁り始めたんだ。みるみるうちに真っ黒になった水は、マークシートの姿を覆い隠し……バシャリと水面が跳ねた。何かが飛び出したんだ。


 それは黒い赤ん坊だった。人間の赤ん坊を一回り小さくしたような姿で、背中にとんぼのような羽が生えている。震えるように羽ばたきながら、空中にとどまっている。

 けれど、俺がまばたきした瞬間、あいつの姿は消えてしまった。濁っていたはずの水槽も、元の色に戻っていたよ。

 見間違いだったのだろうか。にわかに信じられなかったが、俺の中で怖さより好奇心が勝り、俺は足を忍ばせて理科室に入り込む。そして、例の水槽を覗いてみた。

 縛られていたマークシートの一番上は、俺の理科の答案だったよ。名前が書いてあったんだ。唯一、全問答えることができた科目。びっしりと埋めたはずのマークたちは、きれいになくなっていたよ。

 消しゴムでもこうはいかない。まるで黒鉛たちが、自分から逃げ出したようだった。


 やがて、追試が終わり、全校を挙げての壮行会が開かれた。朝礼の時のように、生徒が体育館に集まる。各部の意気込みが語られて、校長先生が、各部活のキャプテンに激励の言葉をかけながら、握手をする。

 でも、俺は鳥肌が止まらなかった。校長先生の肩には、あの時に見た黒い赤ん坊が、何人……いや、何匹か? とにかくたくさん肩にとまっている。

 そして、握手するたびに、あいつらは一匹ずつ、キャプテンの肩に飛び移っていく。他の人には見えていないのか、先生もキャプテンも周りの連中も、誰一人咎める者はいなかった。


「君たちは、私たち全員の期待を背負っている。頑張ってくれ」


 校長先生の締めの言葉で、壮行会は幕を閉じる。あの時と同じで、黒い赤ん坊たちは、いつの間にか、消えてしまっていた。


 その年の大会は、各校でけが人が続出する、例年にない荒れ模様になった記憶があるな。



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