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バースデイ・ワンスモア

 お〜、どうしたつぶらや。腕にちっこいガーゼみたいなの貼っちゃって。蚊にでも刺されたのか?

 なに、献血をしてきた? こりゃまた、えらい救世主様がいらっしゃったもんだ。

 いやあ、すまねえ。俺はどうしても慈善事業に気持ちが入らないクズ野郎なんで、自分から行動できる人っていうのが、うらやましいし、「すげえ」って思っちゃうの。でも、それを前面に出してキャラ壊したくないから、おちゃらけちゃうのよ。いやいや、えらいと思ってるぜ。まじで。

 え、俺も献血? ちょっと〜、勘弁してくれよ。俺、二日間くらい完徹で、塩分摂りすぎよ。こんな不健康な血液を使ったら、何が起こるかわからないって。加えて、昔、ちょっと気味の悪い出来事があったんだって。

 後学のために聞かせてほしい? 相変わらず物好きだねえ、お前は。それじゃ、話させてもらおうか。


 俺ね、さっき言ったように、慈善事業ってあまり好きじゃないの。他人の幸せのために、自分が苦労するなんていうのが、どうしても納得できなかったわけ。

 そりゃ、社会に出たら、自分がどれだけの人の苦労の上で生活しているか、実感はできた。仕事なら我慢するよ。明日のメシのためだもの。

 けれど、お金なんていりません。世のため人のために、自分の限られた時間を使います、なんていうのが、偽善に見えてしょうがなかったのよね〜。

 自分が時間を使うことで、相手の時間を取り返すっつーの? それ、ギブアンドテイクどころか、ギブギブギブギブテイクなしじゃんか。それが自分の幸せにつながるっていう道徳の教えは、俺にとってはなはだ疑問だった。

 でも、そんなことをおおっぴらに言い出したら、「チラシの裏にでも書いてろ」だろ。親にもこっぴどく戒められてね、学生時代の俺は無理やりやらされることが、たくさんあったの。

 献血も、その一環というわけさ。


 16歳の誕生日を迎えた翌日。俺は朝、学校帰りに献血をしてくるように申し渡された。献血すると献血カードなるものを渡されるから、それを持って証拠とする。済むまで帰って来るな、とかめちゃくちゃな要求をされたよ。

 おかげで誕生日に、俺は早くふとんに入らされる始末。楽しみにしていたテレビ番組も生実況動画も、ぜんぶお預け。

 殺意さえ湧いたが、俺の親は、下手したら俺より長生きしそうなくらい、健康体の武闘派。寝首を掻こうとしたって、逆に俺が、半分に折りたたまれかねないほどだった。

 力なき俺に選択肢があろうはずがなく、憂鬱な気持ちで俺は、学校に繰り出したよ。


 その日は、部活もなくて、早く帰れる日だった。献血センターって、ここらへんはどこにあったっけなあと、帰り際にケータイをポチポチいじっていた俺の耳に、こんな声が飛び込んでくる。


「現在、A型の血液が不足しています! A型の血液型の方、ぜひ献血をお願いします!」


 見ると、校門近くの道路に、献血検診の車が停まっているじゃないか。そして、俺はA型。

 どうせ逃げたら、親のプロレス技の餌食になるんだ。渡りに舟だろう、と自分に言い聞かせて、俺はしぶしぶ検診車に向かったよ。


 はじめての献血ということで、俺は生年月日はじめ、様々なアンケートに答えることになった。一つの相違が、重大な事態を招くことは百も承知だったけど、昨日、楽しみを奪われた俺にとっては、しち面倒なこと、この上ない。

 血圧とかも問題なしで、いよいよ採血。16歳に成りたてだと、200ml献血しか認められないらしい。俺は車の中でベッドに寝かせられて、注射を刺されたよ。

 針がずっと刺さっているっていうのも、慣れないせいか、変な感じだった。献血の間、身体の血の巡りが、刺された場所に集まっているのを感じたよ。おまけにチクチクと、針が内側から皮膚をつついている感覚があったんだ。

 正直、じっとしていられない、かゆみにも似た痛みだったんだが、高校生にもなって、痛がる様子を見せるのはカッコ悪いと、意地張って我慢していたね。

 

 採血が終わって、ガーゼを張ると、痛みは急激に引っ込んでいった。

 血を採った直後は休憩しながら、水分補給をしてくださいと言われたんだが、俺の目的は血を捧げることじゃなくて、献血カードを受け取ること。とっととおさらばしたかった。

 急な用事があるので、と強引に押し切って、献血カードを用意してもらい、休みもそこそこに、献血車を後にしたよ。けれど、皆さんは嫌な顔一つしなかった。むしろ、ニコニコしながら送り出してくれたのを覚えている。

 家に帰るまでの間、俺はやけにふらふらした。今まで風邪を始めとする体調不良には、縁がなかった身。揺れる視界とふらつく足元に、つい吐き気を覚えたが、公衆の面前で醜態をさらしたくない。

 息も絶え絶えに、どうにか家へとたどり着いた。台所から出てきた母親に献血カードを見せると、大喜びだった。テストでどんなにいい点をとっても、スポーツでどんなにいい記録を残しても、決して見せなかったほどの、な。

 そんなことをぼんやりと思いながら、身体がだるくて仕方ない俺は、最後の力を振り絞って制服を脱いでジャージに着替えると、電気を消して、即、ベッドに寝転がったよ。


 どれくらい時間が経っただろうか。

 俺は左腕に痛みを感じて、はっと目が覚めた。

 ただ痛いだけじゃない。筋肉が勝手に脈打っている。皮膚の下で何かがうごめいている。たまらず、俺は左腕の袖をまくった。

 車で貼られた小さなガーゼ。暗闇の中、そこに向かって、指の先から、肩の先から、次々にピンポン玉大の隆起が、「ボコボコ」と音を立てつつ、皮膚の中を走ってくる。

 映画で見たことがあった、皮膚の中に甲虫が潜り込んだシーンにそっくりだ。

 俺は思わず叫んで、部屋の明かりをつけたけれど、その時にはもう、腕に異状はさっぱり見られなかった。

 見間違いでは済ませられない。あの血管を駆けあがりながら、皮膚と筋肉を膨らませるあの奇妙な感覚。はっきりと脳みそが、拒否してきた。

 もう、電気は消せなかったが、眠気には勝てない。俺はどこまでが夢で、どこまでが現実か分からないほど、うとうとしっぱなしの夜を過ごしたよ。


 翌日。徹夜をした俺は、親に呼ばれて台所に向かう。

 食卓には、二日前にも出されたような、バースデーケーキが用意されていた。けれど、その色はピンクとミントグリーンが合わさった、いかにもケミカルで体に悪そうなもの。その上には、ご丁寧に「ハッピーバースデー」のプレートが。

 俺が、誕生日はおとといだっただろ、と言っても、その場の家族全員が、今日が誕生日だろと頑として譲らなかった。保険証を始めとするありとあらゆるものを見せても、無駄だったよ。

 少し前の俺なら、家族が、意固地になって非を認めようとしない、と解釈しただろうが、夜中のことを見てしまった以上、笑い飛ばせない事態だった。

 俺は今でも、夜、眠る時に電気を消すことができないでいる。



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