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とおりゃんせ、江戸の関 (歴史/★★★)

 隣、お邪魔してもいいですか?

 今日は寒いですね。ついつい店の中で暖まりたくなっちゃいます。

 ほう、あなたは取材の旅行。それはさぞ、色々なところを回られたことでしょう。何か面白いもの、見つかりましたか。

 今は、港や関所跡の取材をメインに行っている? ははあ、こんな地方まで、お疲れ様ですな。この辺りじゃあったとしても、規模の小さい物ばかりでしょうに。

 それだけ、追い求めるものがマイノリティなわけですね。

 ふ〜む、関所ですか。私も関所に関する噂でしたら、聞いたことがありますよ。

 有名かもしれませんが、一つお話をいたしましょうか。

 徳川幕府の時世、江戸を取り巻くようにあった、とある関所での出来事だそうです。


 将軍のおひざもとの異名をとった、江戸。その周りには、かの箱根関を始めとする、多くの関所が点在していました。

 関所破りの罰を考えると、アリの子一匹通さないような厳重さをイメージしますよね。しかし、必ずしもそうとは限らなかったのです。

 箱根関を例にとれば、きつく取り締まられるのは、江戸から出ようとする者。関西から江戸に来る者に関しては、検閲がなかったようです。


「入り鉄砲出女」の政策はご存知でしょうか。江戸に入ってくる鉄砲と、江戸から出ようとする女。この二つを特に厳しく取りしまることが、関所の重要な役割だったのです。

 ただ、実際にはわいろなどで見逃してもらうなど、人間監視ならではの欠点もありました。

 しかし、手形もわいろも必要なく、関所を通ることができる仕事が二種類、存在したとのこと。

 それは力士と旅芸人。


 その関所は明け六つから暮れ六つまでの間、通行を許可しておりました。

 ある日の明け六つ。

 最初の通行許可申請を出してきたのは、旅芸人。

 背丈は今でいえば、百八十センチ強の立派な体躯。その肩に、小さな猿がちょこんと乗っかっている。

 彼の申請は、言葉ではなくて、紙で成されました。

 自分はしゃべることができないが、一芸は披露できる。通していただけないかと。


 関所役人の目に、蔑みの色が浮かびました。

 この時代、芸人は非生産的な身分とされて、役人を務める武士の立場から、良い目で見られることはありませんでした。それが障害者であれば、なおのこと。

 芸が達者であれば、手形なしで通行できるのは確か。しかし、彼が一番で名乗り出たのが問題だったのです。


 後ろがつかえていました。しかも相手は二人の力士。

 彼らもまた、手形なしで通行できる身分の者。だが、その扱いには雲泥の差があります。

 自分の身を助けるのみの芸人と、神事たる相撲の立役者。ドサ回りと、華々しいスターでは、比べるまでもありません。

 役人たちは、芸をゆっくり拝見するためと言い渡して、芸人たちを下がらせると、力士たちを先に通させました。

 彼らは厳しい稽古を乗り越えた自負があるゆえに、誇り高くて気の短い者も多い。万一、暴れられたら面倒というのもあったのでしょう。


 確認が終わった力士たち。その片割れが、道を譲った芸人に肩をぶつけました。どう見てもわざとです。

 不意をつかれて、地べたに尻もちをついた芸人を見て、力士たちはせせら笑いながら、関所を後にしました。これも、関所ではままある光景だけに、役人たちは咎めませんでした。


 立ち上がった彼は、多くの役人の前に立たされました。

 一体、どんな芸を見せてくれるのか、と期待する役人たちの前で、なんと彼の肩に座った猿が口をパクパク動かしながら、話し出したのです。

 彼は腹話術師でした。猿が語るのは、落語。

 彼自身は進行に合わせて、身振り手振りで物語を盛り上げます。現代のパントマイムのように、迫真の演技だったそうです。

 意表を突かれたこともあり、役人たちには大うけ。彼は役所を通る許可を得ることができました。

 どこかおぼつかない、よたよたした歩きで、力士たちと同じ方角へと向かいます。


 朝早くから来ていたのは、彼らのみ。珍しく、人がいない時間となりました。

 役人の一人が、厠へと向かいました。この厠、異変を察知できるように、関所の二つの入り口付近を見張れる穴が開いています。

 用を足しながら、役人がふと見張り穴を見ると、先ほどの芸人が関所入り口わきの草むらに立っているではありませんか。

 なぜ、と思っている彼の視線の先で、猿が地面に飛び降りました。同時に図体の大きい芸人は、その場に四つん這いになったのです。


「ほら、言っただろう。人間を騙すには、人間のふりをするのが一番なのさ」


 先ほどの芸で見せた声で、猿がしゃべります。

 そして、四つん這いになった芸人の上に、またがったのです。


「それにしても、朝早くだから、腹が減ったな。なあ、何を食べたい。やっぱり、あれでいくか」


 猿が呼びかけると、芸人は黙って二回大きくうなずきました。

 そして、役人のいる方をチラリと一瞥すると、猿は彼の尻を叩いたのです。すると、彼は馬のように手足を動かして、駆け出すではありませんか。

 街道を走り出した彼らの姿は、瞬きする間に、豆粒ほどの大きさになっていたとのこと。


 関所を通った力士二人。その日を境に、行方を知る者は誰もいなくなったそうです。


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