もう、誰にも、構わせない
わ〜ん、先輩。私、フラれました!
あんなに仲が良かったのに、どうしてかって? 聞いてくださいよ、もう〜。
つい先日、彼氏の誕生日だったんです。今の時期、寒いですよね。彼氏に暖かくなってもらいたくて、私、毎晩毎晩、夜なべしながらマフラー編んでいたんです。
そりゃ、お裁縫とか編み物とか、全然興味も経験もありませんでしたけど……大事な、大事な、アピールチャ〜ンスじゃないですか! 彼女として頑張りましたよ、ええ。人生初の力作を、彼に届けたんです!
普通、これで一気に仲が温まって、周りもアチチなバカップルが爆誕するもんでしょう? ところがどっこい、泥棒ネコがいたんです。
アヤちゃん……いや、もうアの字ですよ、アの字。私の存在を知りながら、アの字もマフラー送ったんですよ! しかも、見せてもらったら、私よりも出来がいいし。
それでさっき、彼氏にフラれました。理由がもう、アホらしくて笑えて来ますよ。
「お母さんにマフラーを見せたら、アヤの方のマフラーを絶賛した。裁縫が上手い子と付き合いなさいって。だからお前とは別れたい」だって。
が〜、頭に来る! 何でそこで母さんの意見に、唯々諾々と従うかなあ! 恋愛って、そんなことで決まるとか……あってたまるもんですか!
あんの、お人形マザコンヤロー、せいぜいアの字と仲良くしてろですよ! 私たちの間に愛なんぞなかったんです! マザコンヤローの体面のための、飾りだったんですよ、私は。せいぜいアの字と……アの字と……わ〜ん!
うっ、うっ、やっぱり運命の赤い糸とか、信じちゃいけないですよね……。所詮は夢見がちな小娘の、儚い妄想……。
――先輩、今日は茶化さないんですね。もしかして、先輩も辛い経験があるんですかね?
うう、泣くだけじゃ足りないなあ。先輩、帰りに喫茶店に行きませんか。無性に話をしたい気分なんです。
顔もしっかり洗います。先輩があらぬ誤解を受けないようにね。
赤い糸を巡る伝説は、中国に端を発しているそうです。元々は冥界で婚姻が決まった時に、婚姻を司る者が、男女の足首に赤い縄をくくりつけるのだとか。そうすると距離も境遇も関係なく、必ず結ばれると。
今では後半部分だけが、都合よく解釈されているそうですけどね。かくいう私もです。
見えない、強いものでつながっている。そう信じることがパワーになるのだと、昔の人も考えていたのではないでしょうか。
ですが、これは自然を超えた何かがあってできるもの。私たち人間の力でいじろうとすれば、たちまち狂ってしまうことでしょう。
私のおばさんの話になります。
お母さんから聞いたんですが、若い頃のおばさんは、学校中でその美貌を騒がれるほどの存在だったそうです。男たちにとっては憧れの、女たちにとってはやっかみの的。先生方のえこひいきもあったみたいですが、おばさん自身は迷惑に思っていたそうです。
特に男性で近寄って来るのは、自分の容姿が目当てと思しき人がほとんど。名前も知らない人から告白されることもあって、おばさんは辟易したとのこと。
自分は相手のことを知らないのに、相手が自分のことを知っている。気味が悪かった。
けれど、最初から相手のことを知ろうとせずに振る舞っていた、私の傲慢さも原因だったのでしょうね、とおばさんは話していましたよ。
おばさんも恋愛に興味がありました。でも、下手な人と付き合って、別れたりしたら、人生の汚点。一発で、結婚する相手と付き合ってゴールインしたいな、という潔癖症なところがあったとのことです。
そんなおばさんは、未来の結婚相手探しをすることにしました。結婚相手が分かるという方法を、片っ端から試したそうですね。都市伝説と化している、合わせ鏡を試し、夜中にカミソリをくわえて洗面器をのぞくこともしました。
けれど、成果は現れず、とうとう最後の方法を試すことに。それは伝説に出てくる赤い糸にまつわるものでした。
おばさんの中学校にある桜の樹。その枝の一本に赤い糸を結び付け、余った糸を自分の指に一度結び付け、十秒後に糸切ばさみで切断する。その後、指に巻かれた糸は取ってもよいが、枝に結び付けた糸はそのまま。その糸が一週間経っても外されなければ、八日目の朝、将来の結婚相手に巡り会えるとのことです。
今までの方法に比べると、回りくどい上に、特定が難しい方法。しかし、おばさんはかえって信ぴょう性が高いんじゃないかと思い、人の目につきづらい夜中に、校門から一番近い桜の樹で試してみたとのことです。
二日経ち、三日経ち、おばさんは心の中でウキウキしていました。
あの桜の樹の赤い糸は、まだ外されていません。結果が出るのを待つ、楽しみがありました。今までの、実行してすぐに成否が出てしまうものよりも、ずっとわくわくします。
結果が出て欲しいような、出て欲しくないような、待つしかない時間。スリルを感じてドキドキしたとのことです。そのおばさんの笑顔に惹かれて、いつも以上に口説いてくる男子がいましたが、おばさんは見向きもしなかったようです。
ところが七日目。午後からの暴風雨により、赤い糸を結んだ枝がぼきりと折れて、どこかに飛んで行ってしまいました。その惨状に、おばさんは「どうせ、私は生涯独り身なんだわ」と、内心がっくりしたそうです。
翌日。おばさんはいつものように家を出ましたが、目の前の光景に、思わず「ひっ」と声が出てしまいました。
おばさんの家の軒先に、行方不明になっていたはずの桜の枝が、赤い糸を結わえ付けたまま突き刺さっていたのですから。
その日の学校から、おばさんが声をかけられることは、めっきり減りました。
最初のうちは、「ようやく私に声をかける無益さに気がついたか」と、せいせいした気分のおばさんでしたが、無視するというよりも、心配そうな視線を投げかけられることが多くなったそうです。
おばさんが疑問に思っていると、数少ない友達に声をかけられました。
「ね、もしかして、それイメチェン? だとしたら、やめた方がいいよ。おばあさんみたい」
どういうことだろう。鏡をのぞいてみましたが、いつもと変わらない自分の姿がそこにありました。けれど、何ともないことを伝える度に、友達は呆れた顔をして、離れていきます。やがて、おばさんは自分が望んでいた以上に、孤立することになってしまいました。
今までは進んで頼まれていた、委員会や部活動も控えた方がいい、と言われ、憤慨したこともあるようです。代わりに、先生も、みんなも、家族でさえも、体調のことばかりを尋ねてきたそうです。
元気はつらつのおばさんでしたが、ここまでになると、少しずつ恐怖を覚えたのです。一体、自分に何が起きているのか。
ふとおばさんは、友達に言われた「おばあさんみたい」という言葉が気にかかりました。休みの日に、おばさんは似顔絵師の人に、自分の顔を肉筆で書いてくれるように依頼します。偽りのない、精巧なタッチで、と強くおして。
似顔絵師は、快く引き受けてくださり、出来上がった絵をおばさんに渡してくれました。その絵を見て、おばさんは愕然とすると同時に、自分の予想が当たっていたことを知ります。
絵の中の自分の顔は、しわだらけで、しみもいくつかできていました。
落ちくぼんだまなこ。色を失った唇、どくろのようにやせこけた輪郭は、とうてい高校生のものとは思えません。
おばさんは今も生きていますが、お母さんより年下にもかかわらず、おばあさんのように老けています。しかし、おばさんの目には、鏡に映った自分は、昔と寸分変わらぬ姿をしているんだとか。
ボケている。もしくは現実から目をそらすイタイ奴だと思われたらしく、それからのおばさんは、申し訳ばかりの交流で、今まで生きてきたそうです。
あの赤い糸を結んだ枝は、もうどこにあるかわかりません。おばさんは、夢に見た結婚相手は人間ではなく、あの枝なのだろう、と時々つぶやいています。だから、こんな仕打ちを自分にして、誰にも取られないようにしているのだろう、と。
ね、先輩。先輩の目に映る私、ちゃんといつも通りの私ですか? 私が思う私は、先輩の思う私の姿と、一致していますか?
私、ちゃんと受け入れますから。先輩にとっての私、遠慮なく教えてくださいね。