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触診の極み

 むう、お腹の肉がつかめるようになってしまった……陸上部で身体を鍛えていた時は、もうちょっとましだったんだけどなあ。運動不足って、怖いよねえ。

 こーちゃんも最近、運動していないって聞くけれど、大丈夫? 病気とかしていない? それならいいんだけど。

 よく、自分の身体は自分がよくわかるって聞くけれど、僕はそうは思わないな。分かるってことは、自覚症状があるってことじゃん。その時点で手遅れの病気だって存在するんだから、それって結局、自分の危うさを何もわかっていないってことじゃないの。だから、定期的な健診をすすめられるわけでしょ。

 誰かがいてくれて、初めて自分のことがわかる。なんか、大学の講義で同じようなことを習った記憶があるよ。逆も然りで、相手のことを正確に知るためには、見聞きするだけでなく、実際に触れなきゃいけないだろう。物理的、精神的の両方の意味でさ。

 そんなデリケートな問題になるかもしれない「接触」に関してのエピソード、こーちゃんも聞いてみたいだろ?


 診察における身体的な接触に「触診」がある。お医者さんがじかに患者の身体に触って、異状がないかどうかを調べる方法だ。今となっては、ちょっとエッチな方向に妄想を膨らませることも流行っているようだけど、実際問題で触診は結構大事だ。

 刺激の範囲、強さ、深さ、方向……それらが病気の兆候となっているからね。改善するための手段の一つ、ツボのマッサージも接触治療の一貫とも言えるだろう。

 つまり、触る技術を極めれば、身体を良くするのも悪くするのも、自由自在にできる。それが過言ではないかも、と僕は昔、強く感じたんだよ。


 小学校低学年くらいのことだったと思う。

 僕の友達に、けんかがめちゃくちゃ強い子がいた。見た感じでは小柄で、もやしみたいにほっそりしたボディ。それこそ、陽に当たらずに屋内でちまちま育っているのが、お似合いのルックスだったんだ。そういうひょろひょろで弱っちく見えると、つっかける奴が出てくるわけ。

 だが、仕掛けた相手は、彼をひとひねりするどころか、自分がひとひねりされることになる。なんでも彼の身体に触れると、静電気のような痛みを感じるらしいんだ。そこにひるんだ隙に、彼から反撃をもらう。

 素人のパンチ。慣れた奴なら、苦もなく避けられるレベルなんだけど、先の静電気らしき痛みで身体がしびれてしまって、かわせない。そして、もらったところにも、やはり同じような激痛。パンチそのものの威力より、そのしびれる感覚で、ダウンしてしまうとのことだ。

 まるで雷獣ならぬ雷人だなと、感じた僕は、彼にその秘密を聞いたところ、迫ってくる奴の「ツボ」を刺激しているだけなんだと言っていた。


「身体には無数の血管や神経が走っているのは知っているだろう? 中には身体の根幹に関わる、大事な動脈や経絡がある。僕は殴られるように見せながら、相手のそこを刺激しているだけ。殴る時もおんなじさ。急所に一発、という奴だね」


 彼はからから笑っていたけれど、僕はにわかに信じられなかった。そんな専門知識、どうやって仕入れるんだ。百歩譲って知っていたとしても、動いている相手に実行できるとか、どんだけなんだ。そんな思いでいっぱいだったよ。


 彼の危険性に関して知っているのは、実際に味わったり、その現場を見たことがあったりする人だけ。まだまだ多くの子は、彼を普通の男の子だと思っていた。

 彼が良く誘われていたのが、お医者さんごっこ。彼はお医者さん役を任されることが多かった。身体の色々なところに触られるけれど、それが済むと、以前よりも気持ちよくなるんだ、とのこと。

 例の技の応用だろう。彼の評判は良くも悪くも、子供たちの間で広がっていき、マッサージを頼む子も大勢いた。僕みたいに、彼に怖さを抱いていた人は、お世話になるのはまっぴらだったけれど。

 

 彼とは中学校まで一緒だったんだけど、受験した学校が違って、離れ離れになった。それまでに彼の触診を受けた人は、みんな身体健やか、気持ち晴れ晴れになっていい気分だったらしいけど、気になることも出てきた。

 僕の中学時代の友達に、水泳部に所属していた子がいる。自由形を得意としていたんだけど、ある時、ちょっとした事故で、右腕を怪我してしまった。骨が折れたりしているわけじゃないらしいんだけど、少しでも早く練習に復帰したいから、ということで、彼の触診を受けたんだ。

 結果から言えば、これは大成功。完治まで数週間と言われていたのが、数日で今までと同じように動かせるようになる。記録も伸びて、僕も大会に応援へ行ったことがあるよ。自己新記録を更新したって、大喜びしていたっけ。

 彼とは同じ高校に進んだんだけど、一学期が終わった頃から、不登校になっちゃった。変わらず水泳部に入っていたよ。水泳は十代がピークとか言われているから、この大事な時期にどうしたんだろう、と心配になった。

 電話もメールも応答がないし、家に行っても会うことができない。去る者は日々に疎しとはよく言ったもので、交流が途絶えた彼とは、徐々に疎遠になっていっちゃったよ。


 けれど偶然、彼らしき人を見かけたことがある。家の近所のコンビニだ。

 フード付きのパーカーを目深にかぶっていたけれど、ちらりと見えた横顔は彼のものに違いなかった。

 けれどね、その顔は左頬には小さい皮膚のかけらが、いくつも張り付いているように見えた。さながら、ウロコみたいさ。袖から覗く腕も似たような状態。夏だというのに、厚手の手袋をしていた。

 彼はこちらに気づいていなかったようだけど、すれ違う時に強い磯の香りが、鼻をついたよ。


 更に時間が経って同窓会が開かれたんだけれど、例の「触診」を受けたことがある人は、軒並み欠席して、非常にさびしかった。

「触診」の友達は、同窓会に来なかったものの、医者になったと人づてに聞いたよ。今日もどこかの病院で、診察をしているんじゃないかと思う。

 刺激と快楽と、更なるおまけがついてくる診察をね。



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