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選ばれしコレクター

 ねえ、つぶらやくんはコレクター派? 気に入ったものなら、揃えずにはいられないような、そんな気持ちになったことはないの?

 昔は、物理的に集めていたけれど、今はデータ化できるから、そちらで集めている? ああ、最近増えているわよね。アプリとかでの「ガチャ」。友達に何万円もガチャにつぎ込んでいるの、何人も見かける。

 つぶらやくん、ものを集めることって、どれほどの意味を持っているかを考えたことはある? 本来の命の流れの中で生きていたならば、出会うことがなかったであろうもの同士が出会う。しばしば、集める側の一方的な気持ちに基づいて。おおげさに言えば、運命を変えたことになる、かしら。

 選ぶこと、それ自体が運命だったとも言える? ああ、そういう見方もできるわね。結局、私たちの思考回路すら、お釈迦様の手のひらの中で飛び回る、孫悟空に過ぎないのかしら。

 見えない思惑に、私たちは知らず知らずのうちに動かされている。そんなことをふと感じる瞬間が、昔、あったわね。さっき話した通り、コレクション関係でね。

 つぶらやくんも聞きたいでしょう?


 私が中学生くらいだった時のこと。

 友達にコレクターの女の子がいた。シールとかカードを集めることは、他のみんなもよくやっていたけれど、その子は生き物を集めていたわ。

 それにしたって、珍しい話じゃない? そう、はためにはね。彼女の場合は、それぞれの生物をただコレクションするだけじゃなかった。

 例えば、アリを集める場合でも、身体が小さいものや大きいもの。足を何本か失ったものや逆に多いもの。いわば、他と「一線を画する」個体を集めていたみたいね。

 学校、放課後を問わず、彼女はそれらを熱心に集めていたわ。もし、健康優良な生き物だとしても、それが平均的な存在であったのならば、見向きもしない。一方で、どんなに見てくれが悪い、ケガだらけの個体であっても、それが他から突出している個性であれば、喜んで手を出したわ。


「没個性などいらない。経緯がどうであれ、目を惹かせるものがなければ、ただ、生きているだけの、せいくらべをするどんぐりに過ぎない」


 彼女はしばしば、そんなことをつぶやいていたわね。


 そうやって虫かごの中に、生き物を集めていた彼女だったけれど、特に大切にしていたわけではなかったみたい。一ヶ月も手元にいれば長い方で、早い時には捕まえた翌日、すでに姿がなかったりしたわね。

 生き物を大切に扱わない人。そんなレッテルを貼られながらも、彼女の収集はかえって勢いを増していったわ。

 中三の夏なんか、受験生として一番頑張らなくてはいけない時期なのに、彼女は今まで通っていた塾をやめて、虫集めに熱をあげていたみたいよ。

 私自身も、息抜きの外出先で、何度か彼女に会うことがあったわ。

 よく覚えている。彼女の日に焼けた……いや、焼け過ぎて、真っ黒になった肌。お手入れなど、眼中にないほどのめり込んでいたのでしょうね。

 けれど、彼女の顔には楽しい色なんて、まったく浮かんでいなかった。夏休み前から、瞳がギラギラし始めていたけれど、今となっては、どんよりとした濁りに染まっていたわ。

 

 そして、8月も後半に迫ったある日。朝一番で図書館へ向かった私は、植え込みの近くでかがみながら土を掘り起こしている、彼女の姿を見かけた。

 植え込みの周りには、いくつか虫かごが置かれている。彼女が収集したものだと見当がついた。かごの一つには、人の拳よりも大きいのではないかと思われるサイズの、バッタが入っていたのを、この目で見たわ。

 関わり合いになりたくない。私は遠回りをして、図書館の入り口に向かったけれど、彼女は目ざとく私を見つけて、詰め寄って来たわ。


「親指くらいの大きさのネコが、この辺りにいる。お願いだから、探すのを手伝って」と。


 彼女の言葉に、ネコ好きだった私は、不覚にもちょっと興味が湧いてしまったわ。そんなに小さいネコが、この世に存在するのかって。

 一時間、もしくは三十分だけでも構わない。ところどころ皮がむけた、真っ黒な顔を突きつけて懇願する彼女に、結局、私は折れたわ。

 親指大のネコ。その得体の知れない存在を求めて、私たちは植え込みを手分けしながら探したけれど、なかなか見つからない。そうしている間にも彼女は「早く、早く見つけなきゃ。じゃないと間に合わない」と、ぶつぶつつぶやきながら、あちらこちらを漁っていたわ。見ていて気の毒になるくらい、焦っていた。

 ふと私は、ネコだったら高いところにいるんじゃないかと思ったの。ネコの跳躍力は自分の身長の五倍だと言われている。親指大のネコだったら、植え込みくらいのジャンプがせいぜいだと思う。

 でも、もし友達が私を誤魔化すために、本当は違う生物を、あえて「親指大のネコ」だと騙っていたとしたら……常識は通用しない。


 私は、さっと周りに目を走らせる。

 図書館の外壁隅に、防災のための道具が入っているとおぼしき倉庫。その近くに立てかけられたハシゴ。私はハシゴをそっと倉庫の屋根に向けて、架ける。

 ハシゴを上りきった私が見たもの。それは屋根の真ん中で眠っている「親指大のネコ」だった。

 本当に指先にでも乗ってしまいそうなサイズ。一瞬、おもちゃかと思ったけれど、呼吸をしているようで、小さい肩が上がったり下がったりしている。

 確かに、一見ネコだけれども、ひげも肉球もない。それでも友達の要望のものだろうと思って、慎重に指先に乗せて、友達の下に持っていった。

 対する友達は、私の指に乗せたネコを見ると、お礼もそこそこにひったくって、虫かごの中に入れる。無礼極まりない態度に、私は友達に掴みかかったけれど、苦も無く振り払われて、しりもちをついちゃったわ。すさまじい腕力だった。


 私がひるんだ隙に、友達は「個性的」生き物が詰まった虫かごを抱えて、走り去っていく。方向からして、近くの公園に向かうんだと分かったわ。不審な行動を咎めたくて、私は友達を追いかけた。

 公園まであと数十メートル。不意に、頭上から照りつける暑さが強くなったと感じた私は空を仰ぎ見たわ。

 空は一面黒くなっていた。いや、巨大な物体が見渡す限りの空を、覆いつくしていたのよ。やがて物体の中心部が、じわじわとにじみ出すように色が変わっていく。口を開けているんだと、瞬間的に悟ったわ。

 その開いた口から、まばゆい光がほとばしる。思わず目を閉じる私。どうにか目を開いた時には、先ほどと変わらない、青空が広がっていたわ。

 あれは何だったのか。首を傾げながらも、公園へと向かった私は、そこで虫かごに囲まれて寝転んでいる友達を見つけたわ。かごの中に、例の「個性的」なメンツの姿はなかった。


「やった……やった。今年も集められた! やったー!」


 そばにいる私が目に入らないように、彼女は仰向けになったまま、手足をばたつかせていたわ。あたかも、もがいている甲虫のようにね。

 やがて、ふっと力が抜けたように大の字になる友達。「今年も、生き延びることができる……」と、小さく漏らして目を閉じたわ。その肌は、先ほどまでの日焼けが、まるで嘘だったように白くなっていたの。


 高校に行ってからも、彼女は例の生き物集めを続けていたみたい。周りのみんなは子供心を忘れない、無邪気な奴だよ、と笑っていたけれど、あの光景を見た私は、不安でいっぱいだった。

 やがて大学生になり、彼女は遠くに引っ越していった。今となっては、彼女の消息を知る者は、誰もいない。連絡先を知っていた人も、番号やアドレスを変えたらしくて、接触ができないらしいの。

 もしかして、彼女。集められなかった年を迎えちゃったんじゃないかと、私は時々思うのよ。



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