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最期の地

 さて、観光もそろそろ終わりだよ、こーちゃん。仕事でだいぶ疲れているんだろう? 休みの日でも取材に出るなんて、本当に力を入れているんだね。

 私としては文句を言うつもりはないよ。今、こーちゃんがやりたいことなんだろう? 私も若い時から、やりたいことをやりたいようにやってきたから、突っ走るのに関しては大先輩だ。注意するなぞ、噴飯ものだよ。思いっきりかましてやりな。

 ――ん、どうした、こーちゃん。気になるものがあったかい?

 あそこの空き地に、一本だけ樹が生えている? ああ、こーちゃんは知らなかったっけ。あの空き地はずっと前に芽吹いた双葉を、町のみんなが世話しているんだよ。そして、今、あれだけの大きさに生長したというわけさ。

 こーちゃんもうすうす感じていると思うけど、あの木にはいわくがある。地元の人しか知らないだろうから、こーちゃんの興味を惹けるだろう。先手を打って、話をさせてもらおうかね。


 広いだろう、この空き地。

 これだけのスペースがあれば、周りの家よりもはるかに大きな豪邸を建てることだってできるだろうさ。そうでなくても、コンビニや駐車場を作ったりするのに、申し分ないどころか十分すぎる広さだろう。だが、市長を始めとして、この土地の開発を許す人は地域にいない。

 こーちゃん、見ていて気づいたかい。この広大な空き地。中央の樹をのぞいて、まったく雑草が生えていないだろう? 

 住んでいる人たちの努力、とかだったら美談になるんだろうけど、残念ながら違う。

 そこのところも触れながら、話に入ろうか。


 奈良時代に出された、墾田永年私財法。こーちゃんも知っているだろう?

 自分で新しく開墾した田畑は、ずっと自分のものにしていい、という決まり。力を持つ貴族や寺院は、自分たちの私有地を広げるべく、あちらこちらに手を伸ばしていたそうね。

 その影響もあって、昔、このあたりは見渡すばかりの田畑が広がっていたと伝わっている。けれども、一向に開発が進まない土地があった。それがあの空き地のスペースよ。

 言い伝えによると、あそこの地面は、当時から雑草がまったく生えていない上に、ものすごく固くてね。農具をことごとくはね返してしまったそうよ。

 剛力無双の人が渾身の力を込めて、わずかな掘跡をつけるのがせいぜい。それどころか、掘った農具が、翌日にはすっかり腐ってしまって、使い物にならなくなってしまう。家を建てようにも、柱一本、突き立てることはできなかった。家にも田畑にもなりはしない。

 気味悪がりながらも、人々がその土地を用心深く探っていると、どうやらミミズの類すら地面の下にはおらず、田畑を荒らす生き物たちも、その土地には不自然に思うくらい、足を踏み入れようとはしなかった。人間にしても、この土地に入った後で、体調を崩す人が後を絶たなかったそうよ。

 

 あらゆる命を拒む、小さな土地。たとえ、周りの命が死に絶えても、その土地は変わりなく残り続けるだろう。

 そんな畏怖の念もあったのか、地元の人々は、命が存在しない地として、その土地を「最期の地」と呼び始めた。

 それはやがて、武士が現れ、戦がはびこり、付近の田畑が荒らされるのと、耕し直されることを繰り返す間も、変わりなくそこにとどまり続けていた。雨が降っても、それは決して染み込まず、地面が柔らかくなることもなかった。

 一体、「最期の地」はどれだけのものを拒み続けるのか。その答えが分かったのは、20世紀に入ってからのことよ。


 昭和に入って、およそ20年。太平洋戦争は、終盤に差し掛かっていたわ。

 大本営の発表を始めとするプロパガンダによって、戦意は高く保たれていたけれど、敗色は濃厚。危機的状況の中で、敵の艦隊を撃滅するために編成された隊があったわ。

 神風特攻隊。今でこそ、美談として脚色されているけれど、実際に与えた被害は大きくなかったというのが、最近の通説になっている。重い爆弾を抱えて、よたよたと空中をうろつく機体など、相手にとってみれば格好の的でしかなかったようね。特攻の役目を果たす前に、撃墜される者が多数だったと聞いたことがあるわ。でも、例外は存在する。


 その日の早朝。「最期の地」の付近に住んでいた住民たちは、耳を打つ航空機の音で目を覚ました。空襲警報は発令されていない。そうっと、窓を開けて外を覗いた人たちは、一斉に避難準備を始めた。

 航空機が一機。この村を目がけて、真っ逆さまに落ちてくるのだ。機首を地面に向けて、突き刺さんばかりの勢いで。

 止まりそうな気配はなく、被害は避けられない。人々は迅速な動きで防空壕に避難する。

 ややあって。地面を揺らす轟音が響き渡る。それっきり、何の音もしない。人々は何が起こったのか、様子を見に、外へと出ていく。そして、実際にその眼で確かめた。

「最期の地」に飛行機が墜落している。機体は木っ端みじんだったけれど、爆発があったわけではなさそうだった。火の手が見当たらない。ひとりでに分解したかと思うほど、焦げ一つなく、部品が散らばっている。

 そして、地面を這いずっている男が一人。航空服をまとったパイロットの姿。その全身を朱に染めながら、彼はほふく前進を繰り返す。


「いやだ……いやだ……死にたくない……死にたくないよう」


 むせび泣きながら、うめくパイロット。涙でぐしゃぐしゃになりながら、傷だらけの身体を動かしていく彼。とまどった住民たちだけど、勇気を出して彼の顔を確かめた一人が、「あっ」と声をあげた。

 彼は数年前に出征した、この村出身の青年だった。かねてより航空科を志していたことをみんなは知っている。

 すぐに彼は医師の下に運ばれたけれど、全身を強く打っており、ほどなく亡くなったとのこと。生きていたわずかな時間で、彼はみんなに伝える。

 神風特攻隊に選ばれたこと。当初は高まっていた戦意が、村の上空を通ったとたん、急激にしぼんでいってしまったこと。このまま死にたくない。せめて最後に、家族に会いたいという弱気の虫がどんどん心を食らっていったこと。それが頂点に達した時、急に機体のコントロールが効かなくなり、真っ逆さまにここへ落ちてきたこと。


「散っていった者に対して、こんな俺の最期は恥かも知れない。でも、俺はやっぱり、一人で逝きたくはなかったんだ」


 彼は死に際にそう言い残したそうよ。


 話ではあの機体には、特攻用の大型爆弾が積まれていたとのことだけど、みんなが改めて見たところ、どこかで切り離されてしまったのか、爆弾は影も形もなかった。

 彼の敵前逃亡が知られるのを恐れて、村の人々は飛行機の部品とかを秘密裏に処理して、彼を家族の下に葬ったわ。

 そして、終戦を迎えた日。「最期の地」の飛行機が墜ちていた地点に、小さな芽が一本だけ生えていた。

 これまで何も受け付けなかった「最期の地」に芽吹いた、新しい命。事情を知る住民たちは、あの芽が彼の生まれ変わりだと信じてやまなかった。


 変わらず、雑草一つ生えない「最期の地」で、あの芽だけはより大きく、変わり続けている。

 みんなはずっと噂しているわ。「最期の地」ははるか昔から、彼の命を受け入れるその時を、ずっと待っていたのだって。

 そして、終焉の巻き添えを避けるために、長い長い時間、あらゆる命を拒み続けていたのだろうって。

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