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俺のおうちの妖精さん (ヒューマンドラマ/★★★)

 つぶらやはさ、妖精さんの存在っていうの、信じているか?

 おい、なんだ。そのかわいそうな人を見るような眼は。

 お前ら、物書きの頭の中の方が、よっぽど愉快な奇跡で一杯だっていうことを棚に上げてんじゃねーぞ。


 俺がいう妖精さんっていうのは、別に容姿なんぞどうでもいいんだ。

 自分の気がつかないうちに、物事が片付いてしまっている、そんな現象全般を指して、いっているんだ。

 特に自分の部屋とか、プライベートな空間だと、なおさら目立つ。いつかは掃除しよう、掃除しようと思って、後回しにしていたゴミ屋敷が、きれいに整頓されているとかは、最たる例だ。

 親が勝手に掃除したんだろ? まあ、それもあり得るわな。自分だったら絶対に動かさねえ、と心に決めていたものが動いていたら、間違いなく親だろうな。

 だが、どう考えても俺以外にできるやつがいない状況で起こった事が、ガキのころはあった。一人暮らしをするようになってからは、めっきりなくなったがな。

 ちょっと思い出話をしてもいいか。


 俺が妖精さんの存在を感じるようになったのは、小学生になったばかりの時だったな。

 当時の俺は、ドジで頭も悪いし、臆病で人見知りだった。運動神経も人並み以下。友達よりも、いじめ相手の方が多いくらいだったさ。

 あ、笑いやがったな、こいつ。この話が終わったら、覚悟しとけよ。

 それで、学校から帰ってくると、ゲームするなり、本を読むなり、空想の世界に逃げ込んでいたわけよ。

 そのまま、日が暮れることが多かったんだが、妙なことがあった。


 帰ってきた時には、散らかっていた俺の部屋。きれいに整っていたんだぜ。

 おまけに家の中までピカピカだ。洗濯機の中に脱ぎ捨てたトレーナーや靴下まで、きちんと整っている。あれ、ひっくり返ったままだと、洗った後が大変なんだよな。一人で暮らすようになると、よ〜く実感する。

 そんなこんなで、親が帰ってくる時には、文句なしの「お出迎え」ができている。褒められるのは俺だが、実際にやっていないはずなんだがなあ。

 学校での反動で、褒められると、こそばゆい気持ちにはなったけどな。


 そんで、ガキの頃の俺なんだが、とてつもなくナイーブだったんだわ。

 話すなら、常に俺が話の中心にいないとダメなんだ。話が俺からそれたりすると、とてつもなく疎外感を感じちまってな。徹底的に構い倒してくれないと、消え入りそうな気持ちでいっぱいになる。

 妖精さんの手柄を横取りして、家で褒めてもらっていなかったら、とっくにどうにかなっていたかもしれん。


 だが、その妖精さんに対して、俺が違和感を覚えるできごとがあったんだ。

 誕生日プレゼントに、俺は本を買ってもらったんだ。大好きだったシリーズの最新巻でさ、とてつもなく分厚いのが特徴だった。一日で読み切れる量じゃない。何日かに渡って、少しずつ読む必要があったんだ。

 誕生日以降も、妖精さんが来るんだが、どうも変なんだよ。妖精さんが来る前と、いなくなった後じゃ、俺の記憶に食い違いがあるのに気づいたんだ。


 きっかけは、例のシリーズ最終巻。妖精さんが来ている間にも、本を読んでいたはずなんだが、親が帰って来てから、本の内容を思い出そうとしても、だめなんだ。

 まったく内容が思い出せねえ。今までは読みなれた本ばかりだったから、この記憶の欠落に気づかなかったんだ。

 一度、読んだものなら、何でも心に刻み込む俺にとって、これはショッキングだったぜ。じゃあ、あの本を読んでいた俺は、何をしていたんだと、妙に怖くなっちまってな。

 夜の眠りも浅くなった。あの頃の俺は一つの部屋に、親子で川の字で寝ていて、俺が真ん中、左右が親父とお袋だったんだ。

 そして、いざ目を覚ますと、お袋がいない。だが、部屋の外からお袋の声が聞こえてきた。お経に似ているんだが、俺の知らない言葉だった。

 妖精さんがもたらすものに怯え始めていた俺は、お袋の真意を確かめる度胸はなかったよ。布団の中でがたがたしながら、早く夜が明けるのを待っていた。


 次の日の放課後のことだ。

 俺は珍しく、サッカーに誘われた。さっきも言った通り、当時の俺はいじめ相手の方が多かった環境。だが、それ以上に自分が求められたことが嬉しかったんだな。ほいほいと誘いに乗ったよ。

 そして、俺はサッカー初心者にありがちなことをした。自分のところに来たボールをどうすればよいか分からず、適当にキックしちまう「メチャ蹴り」という奴だな。

 サッカー経験者であれば、腹が立つのも当たり前だ。たちまち俺はみんなに取り囲まれてなじられたよ。別におかしい話じゃない。俺がへらへらしていれば、いつも通りに飽きて散っていくだろう思ってた。


 だが、次の瞬間。俺の腹には渾身の蹴りが入れられていた。

 あまりに突然のことで、無様に吹き飛んだ俺は、鉛筆のように転がっていく。回転が止まった頃には、全員の足が俺の全身めがけて食い込んできた。

 わけがわからず、痛めつけられる。しかも全員、これ以上なく真剣な表情だ。無表情と言ってもいい。黙々と、文字通りに俺を足蹴にしていく。


 目の前が涙で歪み始めた時、お袋の声が届いた。あの夜の時と同じで、何を言っているのかわからなかった。けれど、連中のリンチはピタリと止まった。

 なぜ、パートの時間のはずのお袋がここにいるのか。先ほどの言葉は何なのか、と聞きたいことはあったが、俺は口をきくことすら辛かった。

 荷物を持って、その日はお袋と一緒に帰ったんだ。連中もお袋の声を聞いてから、何も反応せずに俺たちを見送った。まるで人形のようだったさ。


 翌日。俺は思い切って、昨日のことを先生に話した。あんな事態は、二度とごめんだったからな。

 朝のホームルームで、俺のことはうまくぼかされて、話がされた。だけども、俺を痛めつけた奴らは、一様におおげさに驚いて、そんなことはないと強く言い張っていた。俺のことなど、視界の端にも留めていなかった。

 おかげで、今の俺の性格の一端が出来上がったよ。

 どいつもこいつも、しらばっくれやがって。

 ずるくて汚くて、自分のことが一番大事なんだって、身をもって知ったさ。


 だが、今でも思い出して身震いすることがある。

 その日からほどなく、授業参観があったんだ。お袋も含めて多くの母ちゃんたちが集まった。俺も授業であてられて、たまたま答えられたから、恥にはならなかったと思うぜ。

 今日最後の授業だったから、そのままお袋と一緒に帰ったんだが、教室を出る時に、明らかに俺たちに向けられて、大きな舌打ちがあった。

 そっと振り返った時、俺は度肝を抜かれたよ。

 無数の瞳が、俺を刺すようににらみつけていたんだ。


 子供ではなく、親たち全員の、な。



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