筋トレ神社
48、49、50っと。よし、腹筋終わり! つぶらや、お前はもう終わったか?
筋トレっていうのもよ、1日2日ですぐ結果が出るわけじゃないから、本当に効果があるのか、疑いたくなることねえ?
すべては地道な積み重ねっていうけどよ、たまには頑張りに応じて、ババンと一気に成果が出るとかしてほしいんだけど。
ほれ、ボーナスとか成功体験とかだよ。辛抱、辛抱の繰り返しで、一生が通りすぎちまったらアホみたいだろ。
こういう地道な努力をしてよ、しっかり成果を残している人は、現実にいるんだよなあ。そんな人が「努力は大事」みたいなことを言ったりするから、たちまち名言扱い。顧問や監督がする話の引き合いに出されたりして、若い世代の足かせだ。
温故知新も結構だが、温めすぎて腐っていることに気づかず、新しきを知ったつもりでいるなよな。
その最たる例が、過剰なスポ根だろ。血反吐を吐くまで努力努力って、暑苦しいっつーの。
ん、つぶらやは異議ありって顔してんな。
はーん、これだから物書きは、ロマン好きが高じていけねえ。友情も努力も勝利も、方法や方向が間違っていたら、厄介極まりないっての。
――ちょうど休憩時間だな。青臭いお前向けに、筋トレをめぐる、えぐいエピソードを話してやろうか。
一昔前の運動部というのが、今の科学に照らし合わせると、危険な慣習に満ちていたらしいこと、よく聞くよな。
極端な指導だと、運動中は水を飲むな、とかか。過酷な環境を生き残った人に、敬意を表したいぜ。
そうしたトレーニングの中で、有名な「ウサギ跳び」が行われていた。
つぶらやは、実際にウサギ跳びをやったことはあるか? それこそ、1000回や2000回レベルでよ。
あれ、やり遂げると足がパンパンになる。筋肉のどこかしらを鍛えているのは確からしいな。それ以上に関節とかへのダメージとかが大きいらしくて、今じゃ勧められていないが。
だが、科学的なデメリットが立証されてよかったとも言える。非科学的なデメリットを、覆い隠す霧になってくれるんだからな。
ある学校の、強豪卓球部での話だ。その部でもウサギ跳びは、定期的に行われていたらしい。
卓球も下半身の動きが重要なスポーツだ。反復横跳びと並んで、基礎体力の充実が期待されて実施されていたという話だぜ。
平坦な場所で行うこともあったが、大半は階段で行われたようだな。
雨が降っている時は、校舎の階段。晴れている日には、土手に作られた階段が使われることもあったみたいだな。
そして、部活の合宿の日が訪れる。
合宿は夏場に行われた。しかもその時期は、いっとう暑い時期だった。
卓球は閉め切った屋内で行われる。風や日差しの影響を、もろに受けるからな。室内が猛烈に蒸されて、熱中症になった人も多かったようだ。
だが当時、責められるのは、休みのなさや水分のなさではなく、個々人の気合のなさや根性のなさだった。そうしてペナルティを受けた部員たちは、一時的に強制退去。その足で近所にある神社に向かわされる。
その神社ははるか昔からあってな、かつてはそれなりに参詣者がいたらしいんだが、今じゃ誰が管理しているかも分からない、廃墟同然となっていた。
別に神頼みをするわけじゃない。その神社の階段を使ってウサギ跳びをするように、申し渡されるんだ。上り下りを1セットとして20セットだ。段数はちょうど100段だから4000段分のウサギ跳びだな。
しかし、回数だけが問題じゃない。その階段はめちゃくちゃ急だったんだ。上る時の辛さもさることながら、下りは猛烈に怖い。
考えてみろよ。両手を後ろに回した状態で、前方に傾きがちな姿勢のまま、急な下り階段をぴょんぴょん飛び跳ねながら降りるんだぜ。わずかでもバランスを崩したら……想像できるだろう?
ところが、いざやってみると、不思議とけが人は出なかった。みんなが極度に緊張していたせいもあるんだろう。神社の御利益だなんて、虫のいいことを言う奴もいた。勝手なものだよ。
その日もウサギ跳びが敢行された。新入部員の一人と見張り役の先輩が一人な。途中で段を飛ばさないかどうかを見張る係だったらしい。
新入部員は疲れからか、ぎこちない動作でウサギ跳びを繰り返す。
先輩もかつての経験者だけに、その姿を見ながら、秘かにほくそ笑んでいたらしいぜ。俺が受けた辛さを思い知ってもらえることに、安堵感を感じたらしい。
不意に、冷たい風が吹いた。先ほどまではいい天気だったにも関わらず、にわかに空には雲が湧き始めて、暗くなってきたとのことだ。
ウサギ跳びをしている後輩が、寒気を訴えてくる。ただでさえ疲れているのに、無理な運動をさせているのだから、おかしくはない。
でも、ノルマまであと1往復残っている。それが終わるまではダメだと先輩は跳ねのけ、後輩はしぶしぶ続けたそうだ。
先輩は境内から、一段一段下っていく後輩を眺めていたが、確かに気温が下がっていくのを感じていた。しかも背中から吹きつける風は、まるで真冬の霜のように肌に突き刺さって来る。
思わず先輩は後ろを振り返ったが、今までと変わらぬ、ボロボロの社が建っているだけだった。
気のせいか、と先輩が向き直った途端、目を見張った。
後輩の姿がないんだ。目を離したとはいえ、ほんの数秒の出来事。この間に逃げ出せるとは到底考えられなかった。
先輩は階段沿いに、近くの茂みなどに隠れていないか探してみたが、気配のけの字もありはしない。消えてしまったとしか思えなかった。
先輩は体育館に戻って、ことの次第を報告し、部員総出で探したが、新入部員の姿は見当たらなかったそうだ。家にも帰っておらず、この不祥事は卓球部に打撃を与えて、ほどなく廃部に追い込まれてしまったとのこと。
結局、彼は今でも行方知れずのようだが、妙なことが一つ。
事件のあと、興味を持って例の神社を訪れた俺のおじさんは、100段の階段を上ってみたんだと。
ところが何回数えても、階段の数は101段。なぜか一段多かったんだってよ。